2011年9月4日日曜日

マンガ好きだけでは友だちはできない〜『GANTZ』『進撃の巨人』


画力はすごいが、イタイ……

■知られていない「国民マンガ」

今回は有名であるがマイナーでもある話題のマンガをとりあげてみる
『進撃の巨人』のオビには、捨ててしまったから忘れてしまったものの、ものすごく売れている! みたいに書かれていたことは記憶している。『GANTZ』はニノジュンと松ケンで映画になるほどだからもはや国民マンガだ(32巻までで1,800万部!)。

けれども、みなさんの周辺にこの二作を知っている人がどれだけいるだろうか。おそらく、若い人を含めてもそれほどはいないだろう。

このあたり、今の若者は不幸だと思う。僕が若い頃は、たとえば『ドクタースランプ』や『タッチ』は誰でも知っていた(アニメ化以前から)。
ピーク時の部数だけでいえば、『GANTZ』も『タッチ』もあまり変わらないはずだ。今は娯楽が極端に多様化し、単にマンガ好きだけでは『GANTZ』まで届かない。

■マンガ好きだけでは「友だち」はできない

今は、マンガ好きではなくGANTZ好きにならないと『GANTZ』までたどりつけない時代になってしまった。
ということは、マンガ関係のサークルに入るだけでは友人はなかなか見つけられないということでもある。

友だちを見つけるには、以下の4段階を経る必要がある。それは、
①大学(等の学校)に入る
②勇気をもってマンガサークルに入る
③そのなかでもGANTZが好きそうな集団を見分ける
そして、
④超超超、超勇気をもって「あのー、僕もGANTZ好きなんですけど……」と話しかける。

これは、リアル空間ではなかなかめんどくさい。
また、Facebookはどうやらある種エスタブリッシュな匂いがするツールになりつつあるので本当の趣味のリアル友だち探しには使いにくい(つまりは何らかの社会的「肩書き」があるほうが有利)。
結局は、上の4段階ができない人は、従来の匿名ネットツールを使用するのだろう。

■これは「決断主義」か?

『進撃の巨人』は5巻まで出ているが、2巻でめんどくさくなってしまった。
『GANTZ』は超惰性で買っているものの、すぐにブックオフ行きとなるだろう。要するに、両者とも僕にとってはなかなかのめり込むことができないのですね。


画力は急激に進化しているが、行き当たりばったり感が『GANTZ』と双璧


なぜハマらないのか、考えてみた。最初は、いわゆる「決断主義」への心理的反抗かなと思っていた。

『決断主義』とは、『リトルピープルの時代』著者の宇野常寛氏が以前提唱した概念で、ひとことでいうと、「切羽詰まった状況ごとに決断して未来を切り開いていく」作品群ということになるのかな。
00年代になって現れ始めた作品群だと宇野氏は指摘する。これに対して、「エヴァンゲリオン」に代表される「セカイ系」があり、「決断主義」はこの「セカイ系」と対応して用いられることが多い用語だ。

僕はこの分析自体は好きなのだが、「決断主義」ってそんなに大したものなのかなと前々から思っていた。

状況ごとに決断といえば聞こえはいいが、それはつまりは「行き当たりばったり」ということではないか。
作者が狙って「行き当たりばったり」を作っているのならそれそそれでスゴイが、ほとんどはそんな狙いもなく、「何となく設定と主要人物だけ考えて始めてみました」というのが実情ではないのだろうか。

■決断主義とは「行き当たりばったり」主義

特に『GANTZ』はそのノリが強く、極論をすると、30巻くらいまでは行き当たりばったりと、超絶(エロっぽさ含む)画力で推進してきたマンガだと思う。
作者は残念ながら、『幽遊白書』作者や『ストップひばりくん』作者のように精神的に追いつめられることもなく、30巻まで来てしまった。そして、ついに「巨人」世界を出さざるをえなくなった。これはイタイ……。

『進撃の巨人』作者は、いきなり巨人世界から始めているが、これも各話のはじめに「ここまでで種明かしできる世界像」みたいな説明が入っているものの、どうもこれ以上は今のところ考えていないような気がしてならない。
一応最新刊まで追うつもりだが、未読の巻の説明だけを読んだりウィキペディアでストーリーをチェックすると(思い入れ無いし〜)微妙に適当な設定だ。

しかし、二作の作者の行き当たりばったり的創作スタイル自体が決断主義といえば決断主義で、これが心地よく感じられる人たちがいるんでしょうね。
緻密に構築された物語はめんどくさいのかな。

実は僕の関心は、決断主義の背景には、もしかしてあの「ゆとり教育」があるのではないか、という直感的な思いつきに移っている。
登場人物たちが抱く根拠のない自信は、根拠なく肯定されてきた者だけが抱くことのできる自信なのでは、といういじわるな見方だ。詳しくはまた別の機会に。★