ステゴザウルス級だけど 〜忘れないための短いノート

休み明けのプラッツというのは本当に忙しく、今日も朝から夕方まで、スタッフ全員バタバタと忙しそうだった。いつの間にやら僕もそんな忙しさの流れに乗っており、いろいろな打ち合わせが続いて気づけば夕方になっていた。病気前よりはかなり仕事をセーブしているのでまさか倒れることはないと思うが、身体もちょっと落ち着いてきた今だからこそ、慎重に日々を過ごさなければいけない。

そんなことを、さっき風呂に入りながら考えていた。で、もうひとつ同時に気づいたのだが、いつのまにか、この時間(今は21時30分)まで普通に脳が動いている!
今も疲れていることは疲れているのだが、以前であれば、こうしてパソコンに文字を打つどころか、本を読むこともできないくらい脳がぼぉーっとしていた。
以前といっても、7月頃の話だから、つい2ヶ月前のことだ。そのちょっと前は、夜はもちろん、昼間もお昼を越えた頃から脳がぼぉーっとし始め、14時にはまったく回転しない状態になっていた。
今から思うと、その時間帯にもスタッフミーティングをしたりしていたのだからわりと無謀だったのかもしれない(医者はもっと働けと言っていた……)。が、そうした少しの無理を重ねてきたおかげで今の回復が訪れたのかもしれない。

いずれにしろ僕は、昨年の9月末に病院を退院し、それから1ヶ月間実家の四国で過ごし、11月から関西の自分の家で住み始めたのだけれども、つい最近までほぼ1年近く、おそらく長い長い回復期間を過ごしてきた。
見た目は麻痺がなく、会話もできるが、脳の中身は、ものすごく持久力がなかったと思う。持久力が少しついてきたのがつい2ヶ月くらい前のことで、今月になったくらいから(つまりは数日前から)やっと元に戻ってきた。
そのことに、さっき風呂に入りながら気づいた。病気から1年、長い長い道をたどって、やっとここまで来たんだと。

昔から僕は、友人たちにステゴザウルス級にいろいろなことに気づくのが遅い、だからいろいろなことに突破していけるのだと、褒め言葉か非難かわからない指摘を受けてきた。今日の「1年ぶりの回復感」に関する気づきも、そうしたステゴザウルス気づきの一環なのかな。
だが、脳出血という大病を経験し、手術を受け、そしてなぜか麻痺が残らず退院し、1年間かけて回復してきたことは、結構たいへんなことだったんじゃないか、ふだん平然と過ごしているのだけど、これはもしかしてものすごく幸運で珍しい体験だったんじゃないかと、これもまた今日思い至った。
だから、忘れないうちにブログに記録しておこうと思った次第。今の減塩生活を続けて、無事年を重ね、今度の「ピンチ」は病気ではなく、老人になってからの身体的衰退であることを願って。いまの感じであと20年間は生き続けるために。そして、僕なりの「社会貢献」が地道に続けられるために。★

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