イノベーションは「個人伝説」〜アップルとパナソニック


■発明家ではなく経営革新者

昨日からまた実家の四国に帰ってきてプチ療養しているのだが、昨夜NHKの松下幸之助ドラマを少しだけ見ながら、ちょっと考えてしまった。

それは、スティーブ・ジョブズのことだった。

パナソニックは今もこうして「松下幸之助」を最大の広報ツールとして使用している。パナソニック経営者&広報の意図の有無にかかわらず、松下幸之助は結果としてパナソニックの最大の広報ツールとして機能する。

筒井道隆と常盤貴子(そういえばこの人は岡本敏子〈太郎の恋人〉も演じていた)演じる松下夫妻のエピソード自体は僕にとってはどうでもよく、松下幸之助の会社立ち上げエピソードが、80年経ってもこのように人々の心に熱く伝わるメッセージとして伝わる、このこと自体が、最大のパナソニック広報になっていることに感心した。

スティーブ・ジョブズのイノベーションの功績は実は新製品発明ではなく「経営革新」だった(決定権を自らに集中し、自社工場をなくし、水平分業を最大限に利用し、既存産業の商売の仕組みを入れ替え〈音楽・映画等〉、広報効果を研究し尽くす)としても、世間は彼の功績をiphoneやipadの発明だと思ってしまう。

学者がどれだけ真実を突く論文や本(ジョブズは発明家ではなく組織改革家等の内容)を書いても、ジョブズの個人崇拝は消えることはなく、ジョブズは稀代の発明家だとされる。
ジョブズ伝説のスピーチ「stay foolish 」


■松下幸之助とスティーブ・ジョブズ

イノベーターとは発明家ではなく経営組織刷新家であるというこの提言(池田信夫氏)は、おそらく松下幸之助にも通じると思われる。

だが、松下幸之助がすごいのは、いまだそのイノベーション伝説が継続しおり、それが会社の発展どころか、国家や国民のモチベーションの向上にまで影響しているということだ。
松下幸之助の成功エピソードをNHKがこのタイミングで製作するということは、東日本大震災や原発事故で意気消沈する日本国民に対してどんなエピソードが元気を与えるか、NHK制作陣が議論した末の決定だったと僕はもちろん推察する。的外れではないだろう。

ジョブズの死去1日前に発表された製品が「4s」というのも象徴的だった。思い起こせば「3gs」発表時、ジョブズは確か入院しており経営から短期間離れていた。ジョブズがプレゼンで高らかに誇ったのは「3g」やその前の初代iphoneであって、3gsはジョブズ不在時にアップル経営陣が苦し紛れに発売したものだった。

巷の噂では、ジョブズは2年後の製品まで仕込んでいるといわれるが、アップルはアーティスト集団ではなく世界的大企業なのだから、事実上1年前のiphone4がジョブズ時代最後の製品になると僕は思う。
つまり、すでにアップルはジョブズ時代を終えた新しい時代に入っている。

■イノベーションの現実は「組織改革」

少し前まで僕は、イノベーションの現実(発明ではなく組織改革)に関心があったが、現実の分析だけでは残念ながらイノベーションは生まれない。
たとえばアップルでいうと、以下のような「イノベーション伝説」が現実として何となく流通していることが強みなのだ。

1.スティーブ・ジョブズが世界で初めてパソコンを自宅のガレージでつくった。
2.スティーブ・ジョブズが世界で初めてマウスをつくった。
3.スティーブ・ジョブズがimacをつくった(ローリング・ストーンズのCM!)。
4.スティーブ・ジョブズがipodをつくった。
5.スティーブ・ジョブズがiphoneをつくった。
6.スティーブ・ジョブズがmac book airをつくった(個人的にはこのプレゼンが一番衝撃的だった&「封筒」のCM)。
7.スティーブ・ジョブズがipadをつくった。
8.スティーブ・ジョブズはスタンフォード大学で、「ハングリーであれ、愚か者であれ」という名演説を行なった。
9.iphone4sが発表された翌日、スティーブ・ジョブズは死去した。

実は各製品群には他社先行製品群があった、「ハングリー」スピーチの重要点は実は「出会いが何かに結びつく、失敗経験を活かせ、死を見つめることで何かが生まれる」等、重要だがありふれたことを強調しているにすぎない。

■イノベーションとは「個人伝説」

こうした「事実」はイノベーションにとってあまり重要ではない。重要なのは、現実を歪曲させたイメージだ。そして人々は、そのイメージのほうを支持する。
いや、イメージを産んで初めて、そこに伝説が生まれ、その伝説に憧れるようにして、人はその会社の製品(あるいはサービス)を買う。

つまり、「イノベーションとはイメージの産出とその消費的連鎖であり、そのイメージとは創業者伝説のことだ」と、イノベーション研究の一結論として僕は位置づけたい(まあ研究といってもエッセイの積み重ね程度だが)。
真のイノベーションは経営刷新のことなのだが、残念ながら、成功するイノベーションとは「個人伝説」で表象されるということだ。

ところで、アップルはスティーブ・ジョブズを松下幸之助に仕立て上げるのか、僕がまだ生きているであろう10〜30年、このテーマがどうなっていくのかに関心が移ってきた。

まるで4sがジョブズ最後の「作品」みたいな感じで追悼・購買されているけど、僕は記念に、真の最後の製品〜iphone4〜を、中古で買おうかな。
このように、イノベーションは次々とイマージュで補強されていく。★