2011年11月6日日曜日

「若者自立支援今後10年を考える勉強会」〜「育て上げ」ネット井村君主催〜に参加して

10/30〜11/5の一週間は慌ただしく、火・木は文科省経由のドイツの青少年支援関係者を10名ほど受け入れ、特に3日祝日はコネクションズ大阪のT所長とともに、10〜16時の長時間にわたって日本の青少年支援の説明&ディスカッションを行なった。
間に通訳さんが入るのでそれほどぎゅうぎゅう詰めの6時間でもないのだが、やはり今の僕の脳には結構負担になる。
でも、ドイツの人たちからフランクにこちらの質問にも答えていただき、なかなか有意義な時間となったのであった。

で、昨日は、「育て上げネット」井村良英君の主催による、「若者自立支援今後10年を考える勉強会」というものが夕方から夜にかけて新大阪で行なわれ、僕はしょぼしょぼの脳を抱えたまま参加した。
参加者は20名ほどではあるものの、NPO〜行政〜大学〜公教育のリーダー級がずらっとそろったメンバーのなか、なかなかディープなワークが展開されたのであった。関西の人が大半ではあるものの、北は山形から南は沖縄まで、全国規模の参加メンバーだった。

井村君とは知りあってもう10年以上になる。最初は、僕が個人で主催したセミナーに、外国旅行から帰ってきたままの格好で彼は参加し、いきなり場に溶け込んでいたのが印象的な、エネルギッシュかつパワーあふれる好青年だった。
その後、妙な因縁で彼は淡路プラッツスタッフになり、00年代初頭の、最も淡路プラッツが経営的にピンチだった時期の塾長を短期間ではあるが努めていただいた。その時期僕は非常勤だったからすべての責任は若き(23〜24才だったと思う)彼に集中しており、たいへんな苦労をかけたと申し訳なく思っている。そして、ものすごく感謝している。

その後彼は大阪の某公的機関で働いたあと、現在の「育て上げ」ネットに就職した。その後の活躍は同ネット理事長・工藤啓さんの著書
『NPOで働く〜社会の課題を解決する仕事』に詳しく書かれているから参照されたい。ほかに玄田有史さんの著書などにもチラチラ名前が出てくるし、僕も含めた淡路プラッツ関係者の中では一番の「出世頭」かもしれない。

ワーク自体は、ボランティアでファシリテートしていただいた某N総研社員の方の進行のもと、出席者が自分や日本の子ども・若者問題の10年後を構想するというもので、19時を過ぎるとしょぼしょぼの脳になってしまう僕としては、たいしたアイデアが浮かばず若干後悔したものの、一晩ぐっすり眠るとやはり非常に意味があったと思えた。
僕としてはふだんから、自分や淡路プラッツの10年後や20年後、そしてその先まで常に考えてはいる。ただそれらはクリアにビジョニングされておらず、まるで小説家の構想のようにあっちにいったりこっちにいったりしている。それが、昨夜のような機会があると、よりシャープに明確化することができる。

プラッツの3〜5年後の中期戦略としては、「ニートインターンシップ」と「アラトゥエ支援」の二大戦略のもと、「ニートによる老人介護事業」他の具体的事業へと落とし込んでいくことになるだろう。
また、それらを広報する「大阪式プレスリリース」の方法も開発しなければいけない。超少子高齢化社会への突入とともに、青少年支援は一福祉分野から、超少子高齢化社会の「一丁目一番地」の問題へとなってしまった。だが、その国民性や選挙民の人口構成(若者は数が少なく選挙にも行かない)から、それは一丁目にありながら「裏通り」の問題であるかのように隠されている。
こうした傾向はこれまでの日本経済では問題はなかった。だが、サービス業をより洗練させていく方向でしか将来性のない日本経済において、もはやこの問題を「なかったことにする」ことは許されない。

若者問題を明確化し、解決しながらもそれを経済構成の有力なウィングとして構成し直し、サービス業の中身を作り替えていくくらいのビジョニングをしないと、日本経済はショボイまましぼんでいき、年金制度もヤバい。
そのために子ども・若者問題のポジティブな解決法を探ることは、今の日本にとって重点課題になっている。
そしてそれを担うNPOを育成していくことは重要だ。なにしろ、「新サービス業立国」でしか生き残っていけない我が国としては、株式会社とともに、NPOは重要な経済ウィングの一角だから。
そして、その中でも、子ども・若者支援/関連(支援関係だけではなく、たとえばプレスリリースやイベントなどを手がけるNPOもここに入ってくるだろう)NPOは、超重要になる。

おっと、日曜朝イチから熱く書いてしまった。つまりは、10年後のビジョンを、以上のようなことを当たり前とした上で描いていきたいということです。★