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3月, 2011の投稿を表示しています

丘の言葉 〈支援の現場〉5

週刊文春をいつもどおり買って読んだ。小林信彦とか伊集院静のエッセイを興味深く読んだ。文春は暇つぶしによく読むが、これらのエッセイに関しては病気の前はまったく読まなかった(嫌いだった)。が、この頃はなぜかよく読む。何が書いているわけでもないのだが、読んでしまう。
伊集院は今回の地震に関して、こんなことを書いている。
「絶望なんてものは、己がそう思っているだけでこの世に絶望なんてありはしないんだ。腹に力を入れて、歯を食いしばって、やっていけ」
人生相談みたいなコーナーで、どうやらこれは地震被災者の家族に対してのメッセージのようだ。ここだけ抜き出すとずいぶん荒っぽいけれども、全体を読むと、それほど暴言には映らない。むしろ、なぜかわからないけれども、読んでいる僕も含めて、「楽」になる。

人の話を聞くという行為には、カウンセリングとコンサルティングという対比があって、カウンセリングは「(苦しみを)聴くこと」、コンサルティングは「(情報等を)アドバイスすること」というふうに言い換えてもいいかもしれない。
このふたつを相手の状況に応じて使い分けることができるようになると、一人前のカウンセラーになっている。でもこれはなかなか難しく、相手がカウンセリングが必要な時に限ってアドバイスしてしまうことがしょっちゅうあるし、相手がコンサルティングを求めているときに限ってひたすら傾聴してしまったりする。この半年僕は面談の仕事を休んでいるけれども、春から復帰すれば、こうした勘違いをたぶん時々してしまうだろう。
このすれ違いは、親しい人間関係においてもよく陥ってしまう。一方はただ自分の愚痴を聞いてほしい。一方は相手を思いやるがあまり、ついつい厳しいアドバイスをしてしまう。誰も悪くはない。

でも、こうした使い分けがかったるくて邪魔になるときがある。そのときに思ったことが、そのまま相手に届く時がある。その時は、傾聴だろうがアドバイスだろうがどうでもいい。本当に「がんばれ」とか本当に「腹に力を入れろ」とか本当に「絶望なんてない」と思い、それが言うほうと言われるほうの状況と状態に奇跡的に合致したとき、丘の鐘のような言葉として言うほうにも言われるほうにも響く時がある。
たぶんこの奇跡には、生きることの背景にある死というものに関して、他人とその死の価値を共有しているという前提があるのだろうが、ここには分析は…

東北の被災地で今すぐ入れる入浴施設リスト

旧友の松本くん(阪神大震災被災者)が、今回の地震被災者の方に向けて以下のような活動をしている。関心ある方はどんどん転送してください。



みなさまへ(このメールはBccでお送りしています。転送大歓迎です)

お世話になっています。神戸の松本康治です。
阪神大震災の元被災者として何かできないかと思い、下記のサイトを急遽つくりました。

↓東北の被災地で今すぐ入れる入浴施設リスト
http://sairosha.com/furo/furoikoka/hisaitijoho.htm

掲載しているすべての入浴施設は電話などで直接確認しています。
有志で情報を集め、毎日随時更新しています。

生命、衣食住の次はお風呂です。
あちこち電話していると、現地の息遣いが見えてきます。
寒い中何時間も待って芋の子を洗うように湯を浴びている人々の姿と、老骨に鞭打って「今こそ風呂屋魂を発揮するときだ」と必死になって燃料をかき集めて湯を沸かしている銭湯店主の姿に、泣けてきます。

できるだけたくさんの人々に情報を伝えたいと思います。
もし可能でしたら、なんらかのかたちでいろんな人たちにご紹介いただければ幸いです。

勝手なお願いで恐縮ですが、どうぞよろしくお願いいたします。

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松本康治 ★ さ い ろ 社
http://www.sairosha.com
東日本大震災で亡くなった方々のご冥福をお祈りするとともに、同震災で被害を受けた方々に、心からのお見舞いを申し上げます。(今週のブログは休みます)

長くて短い人生の中で、自分を客観視するときと、客観視をやめるとき  〈支援の最前線〉4

発達障害支援の山場は、出会いの当初からいきなりやってくると僕は思う。それは就労のつきそいでも生活支援の計画でもなく(当然それらも大切なのだが)、親御さんとの面談でアウトラインを知り、当人と出会って確信を抱き、そこからどう告知・受容へと導いてくか、ここが最大の山場だと僕は考える。
アスペルガー症候群・成人のADHD・軽度の知的障害とその障害の種類にかかわらず、本人よりも親御さんのほうが受けるショックは大きいように思う。本人にとっては自分の診断名よりも、日々の生きづらさの一つひとつの出来事のほうが重くて大きいようだ。診断名のような客観的な見方よりも、その日、今、他人との間で起こるストレスとどう向き合うか。小さい子どもであれば、泣いたり暴れたりするだろう。成人の場合は、欝になったり暴力が出たりするだろう。
このように、本人に慎重に告知・受容をすすめてもそのリアクションが親御さんよりは弱いため(それよりも当人には解決しなければいけない日々の多くの悩みがあるため)、告知・受容の作業(実際は医療機関で告知されるのだが、受容には長い時間がかかる)を対本人には時々さぼってしまう誘惑にかられる。そして、解決しなければいけない日々の目の前の悩みを解く作業をいっしょになって手伝うことになっていくのだが、告知・受容の作業はやはり怠ってはいけない。
自分のその日々の悩みは、21世紀初頭の現在では“発達障害”と名付けられた特徴から生じており、そこには一定のパターンがあるということを「客観的に」知るということは、当人に納得と落ち着きをもたらす。この納得と落ち着きを得るため、告知と受容は粘り強く行なっていく必要がある。
こうした粘り強さを全国の支援者は日々(今日も)行っている。だから、評論家の議論にあるような「発達障害の概念の良し悪し」を議論する暇は現場にはない。でも悲しいことに現場は現場で余裕がなく、また言語化が苦手だったり、言葉としての対応は後回しになる。そして評論家は言葉を操るプロであり、支援をしなくてもいい。
ただ発達障害概念の良し悪しはこれからも検討し続けなければいけないことは確かだ。けれども、今のところは、この概念によって納得と落ち着きを得る当事者(と親)がいる。

つまり、「土台(発達障害の良し悪し)」を現場は問う必要はない。現場は、土台を利用してその上にいる人達に安定を与えることが仕事だ。その…

苦役でもなく、ゴーギャンでもなく、はてさて…… 〈病のあとで〉2

ゴーギャンの遺作『我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこに行くのか』という絵そのものではなく、僕は、そのタイトルに長く惹かれてきた。この「我々」を「僕」に置き換え、僕はいったい何者でこれからどうなるんだろうと、小学生の頃から延々考えてきた。ゴーギャンの絵を知ったのは大学生の頃だろうか、その絵そのものよりも、そのタイトルが僕を捉えて離さなかった。僕はどこから来て、何者で、そしてどうなるんだろう、と。
でもこの頃、このタイトルの意味は、そんな「僕」だけに収まるものでもないんだろうなあと思い始めている。「僕」のような個人的なものではなく、まさに「我々」といったほうがふさわしい、もっと大きいもの。我々家族でも、我々日本人でも、我々近代人でもなく、もっと大きくてあいまいなもの。でも、なんとなく「我々」と言われてしっくりくるような範囲の、「我々」。

そういえば、今回の芥川賞にはなぜか関心があり、特に西村賢太さんの『苦役列車』はおもしろく読むことができた。僕は大学時代、地味〜な文芸部というサークルに属していて、そこでものすごく楽しんだ経験を持つ。だから毎回芥川賞には注目してきたのだけれども、そういえばこの10年は仕事ばかりしていて芥川賞の存在さえ忘れていた。それが今回の病気ですっぽり時間ができ、本屋にいくと月刊文藝春秋が芥川賞特集をしていたのでふらふらっと買ってみた。
西村さんの作品は、亡き中上健次作品に似ているようで似ていない。中上作品は笑えるようでまったく笑えないが、西村作品は毎ページごとに笑ってしまった。出版社としては、昨今の格差社会やニート世代やそういうものを意識して賞を与えたのだろう。僕も実は、仕事のリサーチとして読んでみた。中身は見事なフリーター小説だった。それも、全然格好をつけていない、そのまんまの肉体労働小説。
タイトルは「苦役」となっているが、そこからはなぜか肯定性を感じてしまう。ものすごく僻んでいるしスケベだしアンラッキーな人物なんだけれども、読者としては癒される。なぜなんだろう、この癒しは。

「我々」は「苦役」としてのひきこもり・ニートを支援している、という態勢はもう古いのかもしれない。古いというか、それは我々という人間の、ほんの一面しか見ていないのかもしれない。

そういえば僕は数年前より、ひきこもりのスモールステップ支援を提唱しているが、その第…