2011年7月30日土曜日

「映画」はすでに死んでいる 〈映像〉

前回のくるりの記事で僕は退院後音楽が聞けなくなったと書いたが、そういえばもうひとつあった。
それは、映画なのであった。だが音楽と違い、映画には病気の前からその前兆はあった。見る映画といえば、大阪大学臨床哲学/カフェフィロのシネマ哲学カフェ関係の映画だけ。それも九条にあるシネ・ヌーヴォという単館系映画館でやるからそれなりに雰囲気があり、そのあとの哲学カフェとも重なって「映画を見る」というモチベーションを何とか維持できていたのであった。
ふだんの日常生活では、映画はほとんど見ず、レンタルものは1本30分がいくつか収録されたアニメか、『エヴァンゲリオン』みたいな大作映画のみ。いずれも、僕の趣味であるとともに、カウンセリングで知り合う若者たちとの共通の趣味でもある。いわば公私混同というか一挙両得な作品チョイスなのであるが、まあいわゆる普通の映画は見ない。テレビでやっている映画も、はじめから終わりまできちんと見たことはそういえば何年もない。


前回書いたとおり、僕は中学から『ロードショー』を定期購読していた田舎のおマセな少年であった。あの頃は日曜洋画劇場をはじめとして、とにかく隔日で夜9時から各局名作を放映していた。今みたいに、エンタメ路線の派手で単純なハリウッド映画とか、タイアップ基本でマンガが原作のまさに「マンガみたいな」邦画ばかりがテレビで放映されるのと違い、普通に名作がお茶の間で見られた。
僕は、四国の実家でこたつでゴロゴロしながら、「ゴッドファーザー」も「太陽がいっぱい」も「俺たちに明日はない」も「風とともに去りぬ」も「慕情」も「サイコ」も「エクソシスト」も「七人の侍」も「砂の器」も、おまけに「エマニュエル婦人」まで、ぜ〜んぶ、テレビで見た。カットされていようが吹き替えだろうが、そんなのはどうでもよく、そうした名作群を、最も多感で吸収力が高い年頃に見ることができたのはよかった。
だから、それら映画の背景の情報が知りたくて、毎月『ロードショー』を買っていたというわけだ。


だからその延長で大人になってからも、話題作は見るようにしていたけれども、この頃、「待てよ」と思うようになった。
もしかして、僕が映画を見なくなったのは、僕がおっさんになって(おまけに病気までして)映画を見れなくなったというのもあるけれど、もしかするともしかして、「映画」という機能そのものが、そろそろ時代的に終わってしまったものではないのだろうか、と思い始めたのだ。
当然、映画産業に関わる監督や評論家やコラムニストなどの映画評は毎日どこかで目にする。そして、テレビやネットでは最新映画の情報は洪水のように流れてくる。だから、「映画」は今も70年代と変りない主要メデイアであるような気がしている。でももしかすると、あの、2時間も同じ画面に拘束され、また2時間であるがゆえに「物語」に拘束されてしまう作り(ハリウッド的な分刻みの盛り上げか、単館系の2時間の必然性を感じられない冗長さ)は、時代に合わなくなってきているのかもしれない。パッと検索できてパッと必要なシーン(そしてその必要なシーンは何も「新作」である必要がなく、旧作にうなるほどいくらでもある)が見つかってしまう今の時代に。


それはとっくに、能とか歌舞伎とか宝塚とかオペラのようなジャンルになってしまったのかもしれない。決して廃れはしないけれども、大衆の中心的娯楽ではなく、一部マニアのもの。
我々には、メディアが大々的に押してくるものは、現在この社会で大々的に支持されているものだろうと勘違いしてしまう癖がどうやらあるようで、そのような大々的に押されているものの中には明らかに「旧世代」のものとなったモノが含まれるようだ、と最近僕は実感している。その一例が「映画」というメディア/器であり、そして「ロック」という音楽/思想なのだと思う。
映画もロックも、そのおかげで食べている人がたくさんいる(制作・流通・広告・興行等裾野は広い)。映画もロックも廃れてしまうとその人達も食べていけない。身も蓋もない言い方だが、関係者の人々の「生活」のために続いているジャンルがどうやらこの高度資本主義社会には循環的に現れるようであり、その典型的事例が「映画」や「ロック」なのではないか、とこのごろ思うようになった。
大衆の中心的娯楽からマニアックな娯楽に変化するには、おそらく消費者側にはだいぶタイムラグがある。タイムラグの間に、別ジャンルが育つのかな。★

2011年7月28日木曜日

くるりは年をとらない 〈音楽〉

病気をして一番変わったことというと、音楽をまったく聞かなくなったということだ。病気までは、自分で料理を作って、ワインでも飲みながら週刊文春を読み、バックには音楽(ボサノバとかジャズとか邪魔にならないやつ)が流れるという状況が、僕には至福の時間だった。
だが、料理と週刊文春は今も変わらず続けているものの、音楽が不要になった。これはお酒を飲まなくなったことが原因だと思われ、理由はわからないが、お酒がないと音楽も不要になる。
ではテレビを見るかというと当然見るはずもなく、まったくの無音のなか、だだっ広いリビングの真ん中で一時間も二時間も週刊文春を読む僕がいる。これが無性に落ち着くのだ。

でも先日、こんなのでいいのだろうかと思い、やっぱりたまには音楽も聞かなくっちゃと思ってitunesを開いたが、何となくダウンロードがいやになってきて、久しぶりにモノとしてのCDでも買うか、という気分になった。
近所のHMVは入院中つぶれたみたいなので、気は進まないけれどもツタヤのレンタルでないほうのコーナーに行って物色した。
でもなんだこれは、ツタヤはAKBとエグザイルとKポップしか置いてない。レンタルコーナーに行けば当然たくさん種類はあるが、僕は久しぶりにCDを買いたかった。ダウンロードでもなくレンタルでもなく、値段が高くて時間が経つと単なるモノになってしまうのが(今回の引越しで何百枚も昔買ったCDを捨てた)わかっているものの、あの「CDを買う」という行為がしたかったのだ。
で、やっとのことでこれだったら買ってもいいかと思って購入したのが、くるりの新しいベスト盤。「tower of music lover2」というタイトルで、くるりのホームタウンであり、僕も実は8年住んだ京都のあちこちの風景がジャケットや歌詞カードの写真に使われている。towerというのは京都タワーのことね。

中身は、聞いたことのある曲ばかりだなあと思ったら、CMソングが何曲か入っていた。あとは、何年か前にDVDで見た、オーケストラといっしょに演奏した曲群も入っていた。岸田繁は、相変わらず覚えやすくてどこかで聞いたことがあるような曲と、ほろりと苦い詞を書く人だ。
岸田繁は76年生まれというから、もう35才くらいになるのかな。立派な団塊ジュニア世代だ。しかし、ジャケットを見る限りはまったく年をとっていない。京都の学生のまんま、賀茂川と京都タワーを背景に、学生っぽい格好でのんびり立っているその姿を見ると、僕も自分の学生時代を思い出し、ああここも散歩したなあ、ここで酔っ払ったなあなどと、まるで岸田繁の詞の世界そのものの気分に入り込む。

だが、岸田繁世代はもう35才(あたり)で、僕世代はもう47才(あたり)なのだ。くるりはいつまでも年をとらないから僕自身もふっと自分の年を忘れてしまう。そういえば昨日、及川光博と檀れいが婚約発表していたが、彼らだって40才前後なのだ。ミッチーがロッキング・オン・ジャパンの表紙を飾っていた頃はもう15年も前になるわけだが、彼は41才になりだいぶ老けたものの、それはいわゆる「老け」というよりは、微妙にかっこよくなっており、また同時に親しみやすくなっている。
こんな感じで、このごろ、「あれ?」と思うことが多い。あれ、僕が20才の頃、35才ってこんな人達だったっけとか、45才ってこんなオシャレだったっけとか、70才ってこんな毎日ジョギングしててもよかったっけ、とかとか。

僕が中学の頃、毎月『ロードショー』という洋画専門誌を買っていた。その雑誌に出てくる、アラン・ドロンやカトリーヌ・ドヌーブやピーター・フォンダらスターは、いくつになってもその年相応にはなっていなかった。60才でもアラン・ドロンはアラン・ドロンだった。
でもあれは、スターだったから、ですよね。スターだったから、常識的な年齢を超えることができたんですよね。

超高齢化社会とは、老人っぽい老人が異常に発生する社会ではなく、一言でいえば、アンチエイジング社会のことだった。ミッチーが41才で結婚しても何ら不思議ではなく、岸田繁がいつまでも京都に佇み続けても何ら抵抗感を抱かない、社会全体で年齢的に超間延びした社会。だから当然、ひきこもりもニートもその年齢的に超間延びした社会に包摂され、彼らも自然と年を重ねていくことだろう。
その、年齢的に超間延びした社会の中での、「中間的自立」をプラッツは実践的に提示していくだろう。★

2011年7月26日火曜日

なぜ「子ども」か② 〈東日本大震災と我々〉

前回このタイトルをつけた理由は、今回の原発事故に際して子どもの健康や命が第一に守られてようとしているが、あまりに子どもが突出しているように感じられ、子ども以外のマイノリティ(たとえば超高齢者・認知症高齢者・障害者等)の健康や命と順列をつけているようだがそれでいいのか、ということを、やんわりと述べるつもりだった。
だが、僕の脳は血圧でやはりぼんやりしており、子どもが放射能に関して大人の何倍も感受性が高いということがその第一の理由であることにあとで気がついた。また、子どもは放射能に関して知識をもつことができないから不利、という理由があることも知った(この点は極度の認知症や知的障害も当てはまるが)。

僕はつまりは、子どもを守るというその議論の裏には、あからさまに「この国をつくり維持する次世代だけは保護する」という動機があるのではないか、あるのだとすれば、それは悪いことではないのだから、「この国の将来を担ってくれる子どもたちをまずは守ろう」と直球でPRしてほしい、と言いたかったのだと思う。
30年、50年先を考えて政策を進めるのが政治であり行政なのだから、それはまったくわるくはない。わるいどころか、では、その子どもたちが大人になる頃の将来の「この国のかたち」をどうすることがベターなのか、という議論にも直結する。
そうした重要な議論がもしも「子どもたちを守ろう!」提言の裏にあるのであれば、むしろそれを全面に出し、「〜のような国になる日本を将来支える子どもたちをまず守ろう」と、直球でPRしてほしいのだ。

そうすることで、社会的弱者として守る必要のある超高齢者や障害者との区別もできる。守られる意味がはっきりすれば、守る側の社会にも混乱は起きない。超高齢者や障害者は福祉のため、子どもは将来の日本国家のため、と守る意味を明言すれば、2ちゃんねるあたりのくだらない逆差別議論のようなものは防げるのではないかと、まあこんなはっきりとした物言いではないにしろ、このようなことを今回は書くつもりだった。

でも、単に(といったら子どもに失礼だが)、子どもは放射能に対する感受性が高いから守ろう、という話だったのですね。それは当然そうすべきだから、それ以上まわりが言うこともない。

けれども、あと10年もすれば今の子どもは20代になる。福島第一原発周辺はものすごく奇妙な原始林になっているかもしれない。あと20年すれば、今の子どもは親になり(一人世帯も今より減りはしないだろうが、親になる人はなるだろう)、福島第一原発周辺はさらに奇妙な原始林になっている。あと30年すれば(その頃僕はもう死んでいる)、今の子どもは社会を支える中核になり、福島第一原発原始林はそれほど変化なく封印されたなか放射能を出し続けているだろう。
あと50年たてば今のこどもは老人になり、そろそろ順番に病気を患い始める頃だが、福島第一原発のメルトダウンした原子炉は変わりなく何かの問題を抱えているだろう。チェルノブイリが今もそう変化ないのと同じことが、確実に福島周辺でこれから先何十年も何百年も続いていく。

僕は自分が大病をし死に近いところまで行ったせいか、このような想像をすぐにしてしまう。そしてこの想像はそれほど外れないと思う。メディアや地元以外はすぐに忘れたり隠蔽するだろうが、地元は忘れようがないし、僕のような一部の人間は福島のことを考え続けるだろう。

そうした国に日本はなった。だから、子どもたちの議論をきっかけに、これからのこの国のかたちを真剣に話し合っていかなければいけない。今回の事故と地震で「戦後」は確実に終わった。
でも、思いやり深いこの国は、その思いやり深さのために、話し合いでシステムをつくるということが恐ろしく苦手だ。僕はこんな思いやり深いこの社会が超苦手だけれども(理性的な僕の物言いは人々の中にはなかなか溶け込めない)、血圧に注意しながらも必要とされることには取り組んでいきたい。

なーんて、結局熱く書いてしまいました。★

2011年7月24日日曜日

なぜ「子ども」か① 〈東日本大震災と我々〉

水曜日に聞いた侍学園の長岡さん講演レポートは、何となくだいぶ前のような気もしてきたのでやめる。そのかわり、関西カウンセリングセンターK事務局長がFacebookにアップした当日の写真を無断転載しておこう(ごめんなさい、K事務長!)。うまくリンクできるかな。

で、今日は日曜日で、僕もこの頃はだいぶ普通に仕事ができるようになってきており、でも前のような仕事の仕方はしないと心に固く誓っているので、ぼんやり過ごそうと思っていたのだが、こうしてパソコンに文章を書くのは、僕にとってはどうやら仕事ではないらしい。思い起こせば25年前、さいろ社を創設した頃から、延々こうしていろんな媒体で文章を書き続けてきた。
いや、もっと思い出すと大学の「文芸部」時代から、延々何かを書き続けてきている。いやいや待てよ、もっと思い起こすと、高校時代から、小説みたいなものを書き始めたな(一向に目が出ないが)。
そういうわけで、こうした文章書きは僕にとってはまさに僕自身を示す行為なので、まったくストレスとならない。特にブログは、書いてアップするだけという、まったくもって楽な媒体だ。ストレスの元どころか、ストレス解消の方法なのだ。

ストレス解消といえば、文章の他に、僕は毎日、新聞や週刊誌を読むことで何かを発散している。何を発散しているのかはわからないが、何かすっきりする。だからこれも、20代の頃からの習慣となってしまっている。
新聞は、朝日新聞や日経を買う。朝日は00年代はよくわからない編集方針とレイアウトになっていたが、ここ数年はまともになってきたと思う。00年代は2面にいきなり福祉レポートが載ったりとラディカルではあったが、マスコミとしてはマニアックに走り過ぎていた。今はそれなりにバランスが取れている。
朝日らしさの「市民運動」っぽさも、ご愛嬌程度に最近は薄められ、どちらかというとワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズトは読んだことないが、ワシントン・ポストとかニューヨーク・タイムズっぽい(体制内リベラルということ)。土曜と日曜の付録がたいへんおもしろいので、だまされたと思って、日曜のグローバル版だけでも読んでみたらどうだろう。
日経は、最初はそのわりきりが鮮烈だったのだけど、慣れると飽きる。だから僕は時々しか買わない。株式欄も意味わからんし。毎日は平凡すぎるし、読売は昔の新聞すぎる。ちまたで話題の産経は時々すごくおもしろいけれども、やはり僕は古い人間なのだろう、あの右翼っぽい論調が時々虫酸が走るほどいやになるときがある。

週刊誌は、月曜日の週刊現代と週刊ポスト、火曜日の週刊朝日とサンデー毎日、木曜日の週刊文春と週刊新潮は毎週ほとんど買っている(ポストはさぼるかな)。文春は別格として、最近は現代が好調のようだ。ただいずれも値段が350円になっており、現代などは400円の時もある。コンビニで、現代と日経と朝日と野菜ジュースとこんにゃく畑を買うだけで1000円近くになったときは、びっくりした。

原発報道は、現代と文春が飛び抜けている。現代はどちらかというと放射線の恐怖を煽る系、文春は「第一原発・吉田所長ヒーロー」系の線で書かれている(最近、吉田所長は一方的善玉ではどうやらなくなってきた)。朝日と毎日は腰が引けている。ポストは、自由報道協会とか小沢一郎とか、独自路線で売っている(だが、原発報道第一報は、ポストが最も評価が高かったのだから不思議なもの)。
こうして週刊誌を読んでいると、いかに新聞が「そこそこの」報道しかしていないことがよくわかる。新聞の見所は、毎日掲載される、東北各地の放射線量の数値だろう。新聞(マスコミ)として論評抜きで仕方なく掲載されているのだろうが、数字は嘘をつかない。その数値を追っていると、福島市から東南の数値が突出して毎日高いことがはっきりとわかる。

おっと、もうだいぶ書きすぎてしまった。ブログは、1回につきあまり書かれていると読む気をなくしてしまう。このようにマスコミ報道を追っていても誰も言及しないあるテーマを今回は書いてみようと思ったのだった。それは、命は平等と僕は小さい頃から学校や社会で教わってきたが、どうやら原発事故においては命は平等ではないらしい。原発事故においては、子どもの命のほうが尊重されるらしいが、その感覚の“根っこ”について考えてみようと思ったのだった。
僕もだいぶ元気になってきて、本来の僕らしさが戻ってきた? 続きは次回に!★

2011年7月22日金曜日

システムを自力ではつくれないこの国 〈社会〉

おかげさまで、今月書いたいくつかの書評が評判がよく、いろいろな人に評価していただいた。書評の評判がいいということは、つまりはその元になっている本(工藤さんや長岡さんの本)が非常によく書けており、かつタイムリーだったということだ。
この前は、僕の地元(兵庫県)の紀伊国屋のビジネス書欄で、工藤本が平積みになっていた。表紙のあの写真に微笑みかけられたので微妙に恥ずかしかったが、両書とも今時代が求めている本だということは確かだろう。

昨日は傷病手当中の休みの日で、久しぶりにブログのことも何も考えずに梅田に行って買い物してきた。身体がだんだん元気になってくるとやはり以前の習慣が復活してくるもので、なんやかやいっても80年代が心の故郷である僕は、コムデギャルソンのTシャツを買ってしまうのであった。
ギャルソンも、川久保玲が引退しまうと、あとはどうなるんだろ。「my energy comes from  freedom」と堂々と書かれたTシャツを、川久保玲引退後も作れるんだろうか。

そのfreedomTシャツではなくて、もっと変なTシャツを昨日は買ってそれを着て今日はプラッツに出勤しているわけだが、今日も書評は書かない(一昨日の長岡さん講演で買った『ダッセン』は読んでますが)。今日もだらだら日記です。

昨日かな、朝日新聞を読んでたら「生活保護」の特集をしており、平松大阪市長をはじめとする三人のそれぞれの意見が載っていた。生活保護もそうだが、障害者年金も含めて、多くの若者の生き方(経済的成り立ちといったほうがいいか)は、そうした公的システムと、ある程度の自助努力を組み合わせた上で、それぞれがそれぞれなりに経済的になんとか維持していくという方向にシフトしていくだろう。
たとえば、障害者年金で何万円、アルバイトで何万円、親からの(ないしょの)仕送りで何万円、計15万円、といった具合だ。これを、生活保護何万円、アルバイト何万円、親の(ないしょの)お小遣い何万円、計13万円と言い換えてもいい。
いずれも所得としてはかなり低いが、非正規雇用労働のみで月収13万円の人も現在別に珍しくないから、ライフスタイルとしては最低限の収入ではあるが、なんとか食べてはいける。だが、超高齢化社会の社会システム維持を考えたとき、生活保護や障害者年金はたしか国民年金支払いが免除になったはずだから、これらが増えすぎると国全体は痩せ細る。

だから、生活保護や障害者年金を収入の柱にする若者が増えすぎてしまうと、社会全体がやせ衰えてしまうので、やはり働ける人はそれなりのペースで働いたほうが、社会全体がやせることを防ぐことができる。
そうなると、公的扶助だけではなく、また正社員のようなリジッドなシステムでもなく、もっといくつもの自助努力が絡んだ収入システムを組み合わせていく必要がある。現在巷で言われる「中間労働」とは、それらに向けての提言だと僕は解釈している。
ここには、有償ボランティアも含まれるだろう。とにかく、僕らの国は、新しいシステムを生み出すことが極端に苦手な国だ。新しいシステムは、知識人が知識人村の中で提言し観念的に実践しやがて潰れていくのが常だ(地域貨幣とか)。

とにかく僕らの国は新しいシステムは自力では作れない。それを前提として始めるしか仕方がない。
そうなると、生活保護・障害者年金、有償ボランティア、非正規雇用、契約社員、これら今ある制度を上手に組み合わせた「中間的生き方」を産み出していくしかない。そして、親世代=団塊世代にはみんなできるだけ長生きしてもらって、超高齢化社会の恩恵を自分たちだけではなく子ども世代もできるだけ長く享受していくということも欠かせない。
そのためには当然、働けるものはそれぞれのペースで働き、それが中間労働といわれようがどうよばれようが、とにかく年金を支払える者は支払う。年金システムは、たとえば第三次世界大戦が始まって終わってまた根本的にゼロにならない限りは、この国ではおそらく根本的には変わらない。今あるシステムに上乗せしていくしかないのだ。
それは声高に叫んで始めるものでもなく、我々支援者が、できるところから始めていくしかないと僕は思う。★


2011年7月19日火曜日

7/20長岡さん講演と、7/23スモールステップ最終日

今日は午前中は某公的機関でケースカンファレンスが行なわれ、プラッツも僕ともうひとりスタッフが参加した。病気前はよくこのような行政民間合同のカンファレンスにプラッツは参加しており、NPOではわりと珍しいことではないかと思う。プラッツのミッション「社会参加とネットワーク」は、このような地道な支援の取り組みから積み上げられていく。

プラッツに戻ってからの午後は、スタッフとの短い打ち合わせを数本と、当事者面談を1本。病気後は経営仕事が主となった現在、実際に面談支援する機会はぐっと減った。減ったが、やはり僕はこのような面談の支援が好きだ。

で、今日は前回の日記からまだ2日しか経っておらず、まさにこれが「隔日」ということなんだから今日も熱くブログらなければいけないんだども、そう毎回毎回ディープな書評も書けないなあと思っているうちに、今日は7/19であることに気がついた。
明日20日は、前回書評でとりあげた長岡さんが大阪の関西カウンセリングセンターにやってこられて講演をされる日なのだ。詳しくは、「『誰かのために自分を使う』サムガクの長岡さん」を参照していただきたいが、僕も1年前に果たせなかった約束を遂げるために行こうと思っている。定員の場合は申し訳ないが、関心ある方は今日中に同センターに問い合わせてみてはいかが。激やせした(といっても見た目あまり変わらない)僕もどこかに座っています。


23日の土曜日は、ひきこもりスモールステップ講座の最終回。これは親御さん対象で、当ブログのほとんどの読者は親御さんではないだろうから直接届く案内ではないと思われるものの、関心ありそうな親御さんが身近にいらっしゃればご紹介ください。
石田統括リーダーの進行のもと、ひきこもり青少年の社会参加の鍵を握る保護者のあり方について、「ポジティブな親のあり方」を考えます。講師として僕も参加予定。


そういえば昨日は、なでしこジャパンに日本中がわいた一日でもあった。このことが東北や日本を元気づけ、日本の女子の強さにまた注目が集まるだろう。確か昨年、20代の平均年収が男女逆転したと(女性の年収が高くなった)報道されていたが、世論や時代のエートスまでをも女子がリードしている。
これでますますひきこもりが、男子の弱さの象徴として注目されるかもしれない。僕としては、弱くて自信が限りなくないかもしれないけれども、そのかわりにとてつもなくやさしい日本の男子の力も近いうちに認められ始めると思っている。
そのためには、そうした「やさしさ」という素顔に最も接しているであろう他人たち=NPOの発信力も問われている。なでしこの強さと、ひきこもりのやさしさで(ちょっと説得力ないか)、この国を「問題解決先進国」にするってのはどう?★

2011年7月17日日曜日

いくつものラインと、「自由」 『ライン』エピソード5〜10長岡秀貴著/HID BOOKS 〈書評〉

最近体調もかなり復活し始め、あいかわらず夕方近くには脳はぼんやりするものの、そのぼんやりがやってくるまでの時間が、1ヶ月前と比べてもだいぶ引き伸ばせるようになってきた。脳の回転具合も、血圧上昇のためのそのぼんやりさがやってくるまでは、以前のようにデュアルコアプロセッサのように働き始めている。
それで調子に乗り病気が再発しては仕方がないので、スタッフには甘えつつ早めの退社をしているのだが、やはりハイテンション気質は変えようもないというか、表現を変えると高血圧気質はどうしても変えようもなく、体調が大丈夫なうちは張り切ってしまう。
たとえば昨日などは、ピンチヒッターで僕が「スモールステップセミナー」の講師(の一人)を引き受けたのだが、目の前に困っている親御さんが10人もいらっしゃると、どうしても熱く語ってしまう。
たとえば一昨日などは、今度茨木市でオープンする「セカンドプラッツ」のネットワーク機関顔合わせ会のようなものがあったのだが、そこでもやはり張り切ってスピーチしてしまった。
以前からその傾向はあったものの、病気のあとは特に、「自分が必要とされていれば、自分を必要としている人たちに尽くす」というのが顕著になってきた。いろいろ本を読んでいると、大病のあと人は誰もがそうなるようだ。

そんな日常が始まったせいか、「隔日刊」と銘打ちつつも早くも「週2刊」に戻りつつある当ブログであるが、前回取り上げた長岡さんの新刊『ライン』をやっと読み終えたので簡単に書評しておこう。
前回のエピソード1〜4もよかったが、今回の5〜10もいい。僕は超早起きということもあって実はさっき読み終えたのだけど、涼しい朝の風を感じつつ、時々は爆笑しながらも何度もジーンときてしまった。これはファンが増えるのもわかる。長岡さんはとても魅力的な人なのだ。
前回書いたとおりこれまで氏は2冊本を出版している。僕は未読だが、それらは自叙伝的なものだという。本書にもエピソード9の入院話の中に、少しだけ16才の頃の大病の思い出が綴られている。そうか長岡さんも若い時から大病しているんだ、だからこそ、これほどの支援に対する迫力が生まれてくるんだ、と自分の病気をまたもや振り返りながらしみじみ僕は思い至った。
死との境界(ライン)に接して初めて沸き上がってくる、“他”とのつながり。無理してエゴを捨てるというわけでもなく、無理して他者に入っていくというのでもない。“他”としかいいようのない自分以外のすべてがとりあえずは自分よりはるか以前からあり、というかこの世界はそうした“他”で満たされたものであって、そう考える自分も“他”の地盤の上で成り立っているという実感。
レヴィナスもデリダも必要はなく、ただ「死」に接した者が直感的になぜだかそのことをつかみ、そしてこちら側に持って帰ってくるその実感。その実感を長岡さんも持って帰ってきたんだなあと、他の2冊もまだ読んでいないのに僕はしみじみしてしまった。

ラインは本書ではどちらかというと「親も含む当事者が越える“線”」のことを示しているように思われるが、それは人と人をつなぐ線でもあると思う。エピソード5・6は、ひきこもりと非行(この言葉は軽すぎるが)というまったく別の現象を綴った章ではあるが、子どもや保護者と氏がつながったり離れたりするさまは、まさにそこに一本の線を感じる。
その線は、氏と子ども・親が物理的に離れたあとも見えない線として繋がり続ける。それは長岡さんの片想いのようなものかもしれないが、それもまた支援であると最近の僕は思ったりもする。だから、物理的別れから数年たったあと子どもから電話がかかってきたときに、なぜか氏はいつもは出ないそうした電話に何気なく出たりするのだ。

支援とは、いつのまにかそうした“ライン”ぎりぎりのところで展開されるエピソードになっていくことも多い。僕も、これは支援なのか濃密な人間関係なのか、それとも「転移/逆転移」なのか、わけわからん、とつぶやいたことも病気前は度々あった。そんなとき、支援者というラインを踏み越え、子どもや保護者の側に自分はいるときもある。
病気をする前は僕はそういうのをどう捉えればわからなかったが、今は、どっちでもいいと思うようになった。それがどういう名称で理論化できる関係だろうが、結局は「自由」になった者の勝ち、だ。
長岡さんは働く目的について、「自由になるためだ」と即答するが(p242)、僕はまったくその通りだと思うと同時に、支援/被支援の結果、そこにいる者たちが支援/被支援の関係が生じる前よりも「自由」になればいい、とも思う。
プラッツのスタッフや親御さんに怒られるかもしれないが、自由は自立よりも大事だと思うのだ(自立の結果として自由になるのではあるが)。

長岡さんは泣き虫だ。子ども・若者・保護者の前でよく泣く。僕も面談中時々ほろりとするけれども、氏の態度を見習わなければいけない。自由になるためには、子どもや若者や親の前で、まずは泣いたり笑ったりしなければいけない。★

2011年7月14日木曜日

「世界でその子だけ」を感じとれる人 『ライン』エピソード1〜4 長岡秀貴著/HID BOOKS

今日は午前中、大阪府の新しい事業の説明会がWTCであり、リハビリがわりに出席してみた。その帰り、WTC向かいにあるビルの2階カフェで、ブログを更新すべくドコモのクロッシィ(最近買った)にスイッチを入れ、マックブックエアーを開いてみた。一度やってみたかったのだ、カフェでのブログ更新!
で、今回は、前回の工藤さん書評に気をよくして、またまた書評ってみる。著者は、噂の「NPO法人 侍学園スクオーラ・今人」代表の長岡秀貴さん。工藤さんより3〜4才年上だと思うが、長岡さんもまた団塊ジュニアの上のほうの世代と言ってもいいだろう。

長岡さんはこれまで2冊の本を出版しているという。失礼ながら僕は、今回の『ライン』が初めての長岡本だ。氏のカリスマ性は一部では有名らしく、僕も実は昨年の夏にお会いするはずだった。その計画も具体的にたてていたものの、残念ながら僕の病気がその計画を頓挫させた。
氏の文章は独特で、詩のような散文体を随所に散りばめつつ、ゆっくりとエピソードを紹介していく。本書によると、これまでの2冊は主としてご自分のことが書かれているらしい。そこでもおそらく、この散文体は炸裂していることだろう。本書を読み終えたあと、これまでの2冊にもあたってみたいと思う。

今回は全部で10ある「エピソード」のうち、4までを紹介してみよう。いずれも、侍学園設立前後に出会った若者やその保護者が紹介されている。エピソード1は摂食障害の女性、エピソード2は長らくひきこもってきた男性、エピソード3は迷える母親に翻弄される男性、エピソード4は家庭内暴力を受ける母親が、それぞれ「主人公」になっている。
長岡さんは、僕が気軽に用いたように「摂食障害」や「家庭内暴力」といった言葉を簡単には使わない。ひきこもりに関しては珍しく「ひきこもる」という行為に関して考察しているが(p39)、僕も含めた普通の支援者が気軽に使うようには、それらの言葉を使わない。
あくまでも目の前にいるその当事者(クライエントと氏は表現するが)の描写を細かく書いていくことから始めるので、何ページもたってから、「ああそうか、これは摂食障害の話なのか」と気づかされる。
普通こうした本は、たとえば「ひきこもり」、たとえば「リストカット」、たとえば「発達障害」など、現在固定しつつあるカテゴリーをまず全面に出してから、次に「ひきこもりの特徴は……」「アスペルガーの人のしんどさは……」などと、そのカテゴリーを説明していく。だから読者としては、まずアスペルガーという一般概念を頭に描いてから、それぞれの単独的な例外も含む特徴を頭に入れていく。あくまでも、「(障害概念などの)一般性」が先にあり、「一般性からずれることもあるそれぞれの単独的特徴」はその次にやってくる。
専門家はもちろん、こうした青少年問題に感心のある人、そして、保護者や青少年といった「当事者」まで、現代は、まずこのような「一般性」の洗礼を浴びることになる。

だから、それぞれの、世界でその人しか持っていない単独的個性は、ずっとずっと後回しになってしまう。まず「ひきこもり」があり、「この子はひきこもっているけどこんな特徴があって」というような説明がされたり、まず「発達障害」があり、「この子は発達障害だけれども意外とKYではなくて」というような説明がされる。

このような思考回路に我々は完全に慣れきっている。だから、『ライン』のように、エピソードが始まってずっとずっと後になってから摂食障害的特徴が示されると、少し戸惑う。たとえばこれが摂食障害に関する論文であれば、家族構成と履歴と専門機関の来歴と現在の状態などが、摂食障害という一般性を説明するものとして綴られるだろう。我々はそうした論文(や発表、あるいはそれぞれの機関でのスタッフミーティングでの説明)に接すると、なぜか安心する。それは摂食障害を説明してくれる言葉であり、その言語の文脈に身をゆだね「摂食障害」のA子ちゃんとしてその子を見ていけばいいから、だ。A子ちゃんだけが有する世界で唯一の単独的A子ちゃん的あり方は付随物としてとりあえず横に置き、まずは摂食障害という一般性からA子ちゃんを説明する。
こうしたメカニズムは、支援を支援として科学的に成り立たすためには仕方が無いことだ。支援は、「一般性(たとえば摂食障害という概念を当てはめる)」なしには、支援の計画も現実化もできない。まず、一般性の枠組みがあって初めて、支援は成り立つ。

だがそのことで、とても大切で大きなものを取りこぼしていく。それがつまりは世界で唯一の、目の前にしかいない単独的なそのクライエントそのもの、だ。
『ライン』にどこまでそうした戦略性があるかはわからないけれども、この著者はおそらく、僕のように大学で「頭から」哲学を学んだものとは違って、一般性の枠組みからはみ出してしまう、世界でその子しか持たない“単独性”を直感的に感じ取れるんだと思う。魅力的な支援者とはそういうものだ。★

2011年7月11日月曜日

「18番目」の分野 『NPOで働く』 工藤啓著/東洋経済新報社〈書評〉


■NPOの17の活動分野

新聞好きの僕にとって、今日のような新聞休刊日はつらい。でも今日は、読むものがあった。
それは前回当ブログでもとりあげた工藤啓さんの本http://toroo4ever.blogspot.jp/2011/07/npo12.htmlだ。今日の午前中は、ゴロゴロと横になりながら、同書の残りを読みきった。

3章は「NPO法人育て上げネット」のスタッフ紹介(を通したNPO経営の諸テーマの提示)で、4章は協力企業の紹介(を通した、現在のNPOが抱える企業との連携問題)だ。
5章は、NPO活動にさまざまなかたちで協力したいと考える読者=市民=個人に対しての実用的アドバイス(その裏には「これからの市民活動の考察・提案」という側面も見え隠れする)、という構成になっている。

前回紹介した1・2章も合わせると、200ページちょっとの本にしては濃密な内容で、青少年自立支援に興味がある方だけではなく、21世紀の日本の幅広い意味での市民活動(家族・経済・政治・地域等、さまざまな意味がそこには含まれる)に関心がある方には何らかの示唆を与えることになるだろう。

前回は、ひきこもり・ニート支援における文脈の中で著者を位置付けてみた。それほど的外れでもなかったなあと今日も思うが、今日すべてを読みきってみて、「日本と青少年自立支援」みたいな大きなことも考えたりした。

本書の172ページに、特定非営利活動促進法に掲げられる17の活動分野が紹介されており、NPO法人育て上げネットはこの17分野の中で、(2)の「社会教育の推進を図る活動」、(11)の「子どもの健全育成を図る活動」、(15)の職業能力の開発又は雇用機会の拡充を支援する活動、(17)「前各号に掲げる活動を行う団体の運営又は活動に関する連絡・助言又は援助の活動」を選択しているそうだ。

僕が代表を務める淡路プラッツでも、そういえばNPO申請の際にこの17項目の中からプラッツの活動に重なるようなものを複数選択したなあと懐かしく思い出したが、プラッツも、確か育て上げネットの選択とそれほど変わりはない。青少年の自立支援を行うNPOはまあそんなものだろう。
と思ってそのページを何気なく読み飛ばし、そして「おわりに」までたどり着き、ああなんとか読み終えました、工藤さん・コネクションズ大阪のT所長献本ありがとう、と思いながらうとうとし始めたのであるが、なんとなく何かが残った。

■「高齢化社会を支える人たち」を支える仕組みづくり

それはなんだろうと思いながら昼食をとり、こうしてパソコンに向かいながら、やっとわかった。
そうか、本書で並べられている特定非営利活動促進法の17活動分野の項目の中に、「若者」や「青少年」という単語がなかったからだ(「子ども」はあるが)、とやっと気づいたのであった。

僕はこの頃、超高齢化社会とは、超高齢者の生活支援だけを意味するのではなく、「『超高齢化社会』を支える人たち」が超高齢化社会を支え続けることができるような仕組みづくり・支援体制づくりのこどたったのだ、と日々痛感している。

そんな簡単なことに今頃気づいたのか、と笑われそうだが、今頃気づいたのだから仕方がない。ここ数年本格的に超高齢化社会が始まったと実感して初めて、気づいた(たとえば47才僕と70才母親の新しい関係などもその社会の一風景だろう)。
繰り返すが、超高齢化社会とは、「『超高齢化社会』を支える人たち」を支える仕組み・支援体制がメインテーマになる社会だったのだ。

そして、その「支える人」とは、つまりは、「若者」や「青少年」を指す。
若者や青少年が、年金の支払だけではなく、生活全般にわたってそれぞれが充実した人生を送れるようになって初めて、高齢者も高齢者自身の人生が安心して送れる。

この裏にある思想的議論を追求する時間は、おそらく過ぎ去った。現在の年金制度が少しずつかたちを変えながら続くと仮定して、制度予測していくことしかいまの我々にはできない。

そう考えると、これからの社会では、「若者」や「青少年」のあり方がものすごく重要になってくる。
同時に、これからの社会では、破綻寸前のシステムを補ったり穴を埋めたりする存在がどうしても必要になってくる。
それはおそらく、新しく作られるものではない。すでに作られてはいるが、まだ未確定なもの。人々から期待されてはいるが、残念ながらまだその位置づけと役割が不明確なもの。

■NPOで働くことが普通になる

それがつまりはNPOだと僕は思う。
その意味で、「NPOで働く」ことはこれからの世紀においては普通の選択肢の一つとなり、そこで働く人達とそこから生まれ出る仕組みと結果が少しずつ世の中を動かしていくと思う。

これからの社会とは、超高齢化社会のことであり、超高齢化社会とは「若者」や「青少年」が豊かに生きて初めて成り立つ社会のことを指す。
ただ残念ながら、現在の日本社会では、「若者」や「青少年」の将来は不確定だ。それを安定させる法的装置のひとつが、特定非営利活動促進法なのではあるが、その17分野の中に、「若者」「青少年」はない。

だから、「18番目の分野」こそが、日本の今世紀の鍵を握る。その18番目の分野をフォローする主たる存在がNPOだ。だから、「NPOで働く」ことが当たり前の社会にならなくてはいけない。★

2011年7月9日土曜日

ソーシャルなゴースト 『NPOで働く』 工藤啓著/東洋経済新報社

かなりイケメン

■「ゴーストのささやき」

一昨日だったかな、コネクションズ大阪(NPO育て上げネット/大阪市・若者サポートステーション)のT所長が新大阪の事務所から自転車で淡路プラッツに颯爽とやってきて、1冊の本を置いていかれた。

そのT所長も3章に登場する、NPO法人育て上げネット理事長の工藤啓さんが書いた一番新しい本だ。
1章は主として経営の立場からの概論、2章は育て上げネットの草創期からの細かいエピソードが綴られている(3章はスタッフ紹介、4章は協力団体・企業の紹介と続く)。
人によっては苦労エピソード満載の2章に共感するのかもしれないが、やはりメインは1章だろう。経営の具体的中身まで紹介されており、本来事業と行政受託事業のバランスに悩む姿などはとても勉強になる。

おもしろいのは、財務リスクを伴う受託事業について、そうしたリスクと向き合いながらも受託し運営していくことについて、経営的側面からは理論的に説明できないと著者が告白している場面だ。
「それでも官民協働事業である受託事業によって、僕らが本業で実現できていない“困難を抱える無業の若者に無料で支援サービスを提供する”ことが可能になる。これほど支援者にとって魅力的な理由はない」(p40)

2億円以上の売上高をもつNPO経営者でありながら、このように、著者には経営者でありながら時々「支援者」のスピリットが顔を出す。
僕はこのような自分でも理由がつかないスピリットのようなものを、哲学者のデリダやアニメの『攻殻機動隊』に倣って「ゴーストのささやき」と名づけているが、本書の著者も、時々このようなゴーストに縛られている。そこが、本書の魅力でもある。

■NPOが「仕事」のひとつになった

本書は、経済出版社として老舗の東洋経済新報社から出ている。心理学系の出版社でもなく、思想系の出版社でもない、経済問題王道の東洋経済、だ。

出版社としては、NPOも法律が施行されて10年以上がたち、当初のボランティア的側面だけではなく、「経営」の側面から論じる時代になった。その代表として著者に執筆してもらうことにしたのだろう。
そしてたまたま、その著者のNPOの市場/フィールドが「ひきこもり・ニート」だった。

おそらく、出版社からすれば、著者のNPOの顧客/市場/フィールド/社会貢献先(いろいろ表現できるが)は、「ひきこもり・ニート」でなくともよかったはずだ。
タイトルに「NPOで働く」とあるように、NPOを一生の仕事としても不思議ではない状況へと日本が変化した、このことを訴えることのほうが、そのNPOがどのような分野で社会貢献していることよりも重要だったのだと思う。

■「オルタナティブ」芹沢、「ポストモダン」斉藤

また、「ひきこもり・ニート」を取り巻く状況も、ここ数年で完全に変化した。
日本の状況はいつの間にか、「ひきこもりは問題なのか」ではなく、「社会問題であるひきこもり問題は前提であり、その問題をシステムとして支援することで社会をよりよい方向に変化させる」という方向へとシフトチェンジしたと思う。

これを論者にたとえてみるならば、「ひきこもりは問題なのか」を問うてきたのがたとえば芹沢俊介さんだったと思う。
氏は、最近の本においても相変わらず「ひきこもりの問題性」そのものを問う議論を展開している。

おそらく、氏が攻撃する一部支援者だけではなく、社会全体が「ひきこもりが問題かどうかは議論があるかもしれないが、とりあえずそれを問題として位置づけ、解決の方法を探そう」という方向で一致しているにもかかわらず、氏は相変わらずその問題性(問題の前提)を問う議論を展開している。
あくまでも批判的であり、言葉を変えると「オルタナティブ」なのだ。

精神科医の斎藤環さんは「ひきこもりのどこが問題なのか」を問う。
斎藤さんはもはや思想家なのかもしれないが、芹沢さんが問題とする地平は当然の土台としたうえで、ひきこもりの病理性(個人レベルだけでは収まらないものがある)を問い続けてきた。

氏の(ポストモダン的)思想本と比較してみると、氏の「ひきこもり本」はストイックなほど医師の裁量範囲の中で書かれており、それが一層ひきこもりの病理性を浮かび上がらせ、芹沢的視点を後退させる。

「ひきこもり本」に限っては、ポストモダニズム的な相対主義を思いきって切り捨て、徹底的に専門家的絶対主義からばっさばっさと診断・切り取っていく。そのあり方は、逆に、氏が徹底したポストモダニストであることを想像させる。

■「ソーシャル」工藤

そしてこのふたりの議論のレベルをさらに前提としたうえで、ひきこもり数を減少させることで社会全体の底上げを狙う立場なのが、工藤氏の立場だ。
このような立場に立たれると、芹沢さんも斎藤さんもちょっと自分が古くなったと感じるのではないだろうか。少なくとも、64年生まれの僕はそう感じる。

おもしろいことに、芹沢氏は「団塊の世代(の上のほう)」、斎藤氏は「新人類/ポストモダン世代」、そして工藤氏は「団塊ジュニア」という世代的比較もできる。

そのような意味においても、工藤氏の新著は徹底的に新しい。
次回は3章以降を取り上げてみる。★

2011年7月6日水曜日

NPOは「山犬」になれるのか

箕面の滝の土産物屋さんで。これはオニ猫。

■セカンドプラッツ

まだホームページを変更していないが、11年度のプラッツは、茨木市において、大阪府の補助金事業である「ひきこもり支援事業」を展開する。
その事業は「セカンドプラッツ」という超わかりやすい名前で、「アウトリーチ→生活支援(居場所)→就労支援」という、支援の三段階理論を実践化していく予定だ。


6/28の当ブログ「スモールステップ支援のフレームワーク」の最後に貼り付けてある表のなかに、この三段階は明示されている。
理屈通りにはなかなか物事は進まないものだが、僕としては、10年以上取り組んできたひきこもり支援がこのように簡単な表となることは感慨深い。

こういうのにも著作権があったらいいのにとは時々思うが、それよりもこのような考え方が広がっていくことを望む。スモールステップを焦らずに踏んで支援していくと、必ず結果はついてくるから。

そういえば昨日3ヶ月ぶりに淀川キリスト教病院の脳外科外来に行き、いろいろ医師からアドバイスを受けた。
非常に印象深かったのは、倒れる前のハイパーな感じのほうがむしろ異常で、今のようにすぐに疲れやすく眠くなるほうがむしろ年相応かも、という医師の言葉だった。
そうか、僕も病気を通過して、普通の47才になったのかもしれない。普通の47才とは、疲れやすく、もうあまり無理がきかなくなるお年頃なのだ。

■「中間労働」

そのように日常をやり過ごしながら、この頃気になる言葉がある。それは、「中間」という言葉だ。
主にそれは「中間労働」という言葉で流通し始めており、僕の仕事の分野でもある、若者就労支援の業界でも流通しているようだ。

それは、正規雇用を目指す若者たちが少しの間立ち寄る段階。
既存のアルバイトでもなく当然正規雇用でもなく、そして就労実習のような無報酬のものでもなく、まさに中間的な労働。自宅で行なわれるものもあれば、おそらく淡路プラッツが行なっている「ニートによるひきこもり雇用支援事業」のような期間限定の行政委託事業までをも含むものだろう。

発達障害支援の文脈でも使われることがあるようだ。NPO法人育て上げネットが実質運営し、「シェアするココロ」代表の石井さんが講演するこの講座が近くで開かれれば行ってみたいが、こういうのはいつも東京のイベントだから無理だ。


■社会が未経験のジャンル


気になる言葉は、中間労働というよりは、「中間」のほうにある。
若者の就労支援段階の議論や、発達障害者の就労支援の議論のほかに、たとえば、NPOそのものも中間的存在だ。
それは、会社でもなく役所でもなく社会福祉法人でもなく医療法人でもない。


それは、NPOのNどおり、「〜ではない」ということで示される存在なのだが、その「〜ではない」という言葉で示される存在が、いま、社会の中で大きな役割を求められている。


若者支援も当然そうだが、今回の地震にかかわるさまざまな支援組織の中核を、おそらくはNPOが担っている(これから担っていく)ことだろう。
若者支援にしろM9の地震にしろ長期間に渡る原発事故にしろ、すべてはこの社会がこれまで経験したことのない事態だ。
おそらくここに、超高齢者支援、発達障害者支援、自殺予防支援等、あげだしたらきりがないほど、「これまでこの社会が経験したことのない」ジャンルが横たわっている。


■nonではなく、new


それらは、どうやら、既存の組織ではフォローできない事態のようなのだ。


たしか、言語学者のソシュールが、「犬-野犬-山犬-狼」という語のつながりに関して、「山犬」を抜いたとたん、「野犬」と「狼」がその空白を埋めるという議論をしていた。
今はその逆で、まさに山犬のような何か謎の問題が2010年代のこの社会にはたくさん出現してきている。

これまでは「犬-野犬-狼」という社会システムでなんとか秩序だっていたものが、「犬-野犬-?-狼」という社会に変化しつつあるのに、その「?」に当てはまる語がなかなか見つからないでいる。
その「?」は、既存の機関ではフォローできないジャンルだ。


それは、N(non=〜ではない)がつく、NPOでしかフォローできない問題たちなのかもしれない。


そのNとは、新しい(new)のNである、ともいえる。
そういうニュアンスで、僕は「中間」という言葉が気になっている。たぶん、中間という言葉は早めに廃れ、それが指している意味をより正確に示す言葉が近々現れると僕は読む。★

2011年7月4日月曜日

週3にチャレンジ!

土曜日の「発達障害と自立を考える研究会2011」はおかげさまで盛況で、大阪・淡路の場末のNPO(プラッツのことです)が開催場所だったにもかかわらず、20人近くの専門家・支援者にお集まりいただいた。
相変わらず男性はほとんどおらず(というか発表者・関係者以外は男性ゼロだった?)、熱心な女性参加者ばかりの会だったが、福祉・支援業界だけではなく、日本の「現場」は女が支えているというのはもはや常識で(一部の肉体労働中心の現場は除くが)、あの場に男がいるほうが僕などは驚くだろう。
仕事の現場にしろ遊びの現場にしろ、我が国の場合その中心は完全に女が占め、男はどちらかというと管理側・発表者側にいる。だから日本は、今回の地震でもそうだったが、「現場は強く、戦略は弱い」という構図が続いていると僕は思っている(注……こうした議論の場合、仕方なく古典的ジェンダー論から書いています。セクシュアリティの視点から見た幅広いグラデーションを持った“性”に関しては、どうしてもこうした議論では追いつけないのが実情。僕も未だに困っています)。

僕の発表自体は、なんとなくよれよれで、やっと現場復帰したなあという感じだった。タイトル「ひとり歩きする“発達障害”」に関して、僕としては、支援の現場で誰もが安易に発達障害にされてしまっているのではないか、ということに重点を置きたかったのだが、当日の研究会の場では、いま社会では発達障害に対するバイアス=偏見が幅広く蔓延しているのではないか、ということのほうに議論が集中した。
つまり、発達障害概念の不安定期であるいま、①新しいジャンルゆえの診断の拡散、②新しいジャンルゆえの偏見の蔓延、のふたつが見受けられ、今回の発表者は①が気になるが参加者のほとんどは②が気になっているという構図だった。

この結果は今年度末あたりに小冊子としてまとめるつもりでいる。次回は9/3(土)10時より、「障害告知と受容」というテーマで開催する。発表者は今回と同じ、僕とプラッツI統括リーダーです。

僕の復活と合わせるようにして、この日記も以前の濃いエッセイという感じから、仕事の報告や日常雑記に変化してきた。このスタイルの場合、中身はそれほど掘り下げることはできないが、書くこと自体は前にもまして簡単に書けてしまう。よって、ブログの回数自体を週3くらいに増やしてみようと思う。これでやはり負担であれば、週2に戻すが、しばらくは週3で、日常報告と、思索のヒントを綴ってみるブログとしてみよう。

今回は実は、「高齢化社会とは『若者が働くことをより強要される社会』のことだった」というテーマで書こうと思っていたが、研究会報告にスペースをとられてしまった。ブログは、1回1テーマが読みやすい。そんなわけで今回予定のテーマは次回以降(明後日あたり?)に書きます。僕もだいぶ復活してきたことですし、これからも当ブログをよろしくお願いします。★

2011年7月1日金曜日

ひとり歩きする“発達障害”


昨日の木曜日は僕は仕事は休みで、以前であれば終日自宅で静養していたのだが、この頃は少しは出かけることができる。昨日は、ずいぶん以前にお世話になった(阪大臨床哲学の情報を教えてもらった)元某新聞論説委員Iさんに会いに江坂まで行った。
Iさんはいま、すごくおもしろいことを始めようとしているのだけど、それはまたもう少し具体化したあとに当ブログにも書いていこう。
僕にとってはこうした動きもリハビリの一つ。でも、このようにいろいろな人に好奇心を持って会いに行けるのは、さいろ社の頃に戻ったような感じで嬉しい。「人は力なり」というのは本当で、ここ5年ばかりの僕は、これまでの出会いの貯金を食いつぶしているような感じだったが、病気→リハビリ期間を通じて、もしかして新しい出会いが生まれつつあるのかもしれない。

江坂まで行ったものの、話し合いの限界時間は1時間まで。そこが自分でももどかしいが、健康のためには仕方ない。ここはぐっとセーブし、昼食後解散。そのあと梅田にて、コムデギャルソンの骸骨Tシャツを衝動買い。
病気でだいぶ痩せたので、思い切ってSサイズにチャレンジしてみたのだが(今季のTシャツは大きめ)、帰って着てみるとやはり小さかった。けど、似合ってない服を着ることのほうがこの頃はおもしろくなってきているので、このピチピチ感もまた楽しい(それを見せられるほうは迷惑だが)。

明日土曜日の、支援者向け">「発達障害と自立を考える研究会2011」第1回「ひとり歩きする“発達障害”」に備えて(今頃備えるか〜という話だが)、『発達障害に気づかない大人たち〈職場編〉』(星野仁彦/祥伝社)を買ってみる。
僕とI統括リーダーで発表する予定で、僕は、現在発達障害がどのように語られているかということに言及する予定。そうした視点で同書をパラパラと読み進める。
非常に明快・簡潔・正直な語り口で、おもしろい。まだ半分くらいしか読んでいないが、この本には何ら問題はないと思う。現在の発達障害の問題がかなりわかりやすく解説されている。

ではなぜ、発達障害はいま“ひとり歩き”し、発達障害の捉え方が拡大している(誰もが発達障害に「されてしまう」)ように見えてしまうのか。
それはもしかすると、誤った諸テキストが誘導したものではなく、諸テキスト(研究論文・発表レジュメ・発表コメント等、発達障害に関するすべてのテキスト的言説)を各職場で解釈していくときに、仕方なく生じてしまう現象なのではないだろうか。
たぶんそれは、専門家的支援者が陥ってしまう必然的罠。
そのあたりの謎を僕なりに発表するつもりなのだが、はたして間に合うのか?