2011年11月30日水曜日

「レイブル・ニート」に新しい職業訓練校と新しいインターンシップを

と、今回はタイトルのままなのだが、まずは「レイブル」の説明を。
レイブルとは、先日あった「ニート100人会議」の提案の一つにあったもので、従来のニート層の中でも、より「働くこと」に近い人達を「レイトブルーマー」と呼ぼうという提案だ。
遅咲きとは何とも微妙な言い回しではあるが、僕はよく知らないのだけど、アメリカではそれほど珍しくない表現だという。「遅咲きの花」は、敗者復活戦が当たり前の価値として根づいているアメリカならではの表現だろう。

この頃はほかにも、ニートとフリーターの中間に位置するものとして何か便利な言葉がほしいという話を、同業者から時々聞くようになった。
僕のスモールステップ理論でいえば、「長期就労実習型ニート」から「長期非正規雇用型ニート」あたりを指すと思う。
最近僕がよく言及する話で言うと、この層は社会保険(年金・健康保険)を親が肩代わりしている人が多いと思われるが、それは統計上どこにも現れてこない。
この層を一刻も早く数字として炙り出すことが、「若者の社会参加支援」というジャンルが一福祉・一労働問題に留まる問題ではないんだ、ということを訴えていく最大の動機になる。

若者が働くことで社会保険を支払い、年金予備金を枯渇させないことが(そして、その裏では高齢者自身が自身の年金の支払い受け取り年齢を遅らせ、消費税等の税金アップに耐えることで、事実上の「同世代=同世代負担」化にしていくことが)、おそらく日本社会が今世紀を乗り切ることができる土台になると思う。
若者問題が超少子高齢化社会の「一丁目一番地」の問題であるとは、こういう面からの提案だ。これが「社会防衛」という批判を受けることは織り込み済みで、社会防衛を一義的に考えざるをえないところまで我が社会は追い込まれているというのが僕の認識だ。
そういう意味では、僕も立派に「保守化」したのかもしれない。

レイブルとは、ニートのなかでも社会参加一歩手前まで来ている若者たちのことを指す。そしてこの若者たちが、僕の直感では数百万人は存在する。
社会学者・経済学者に課せられた使命は、この層の具体的な数を把握することだ。僕のようなものが直感的に語っていてもそこには何の裏付けもないから、何の予算もつかない。その意味で、若者問題に関わる学者の役割は非常に大きい。

そしてその正確な数を把握する作業と同時に、それらレイブルの人たちを社会の一歩手前で滞留させ続けない仕組みをつくっていかなければいけない。
その具体的手法としては、「職業訓練校」と「インターンシップ」を、時代にあった仕組み・制度につくりかえるということだ。
インターンシップについては、ニートインターンシップとして当ブログでも度々提案している。
職業訓練校については、老人介護等の実際にニーズがある現場を中心にプログラムを充実させていく必要がある。

グローバリゼーションの中のサービス業の賃金水準は、新興国の賃金体系に引きずられることになるそうだから、その賃金自体はそれほど上昇を見込めない。
ではそれを逆手にとって、「給料はほしいけれどもそれほど高い給料に見合う労働ができるかどうか自分には自信がない」という層を、そうしたサービス業に当てがっていくという発想は、ベストではないがベターな発想だ。そこに、「介護が必要な高齢者」と「仕事訓練が必要なニート若者」が“ウィンウィン”で結びつくことにより、互いが互いを補完できる。

以上、今起こっている大きなうねりみたいなものをメモした。
当ブログ右欄に新設したグーグル広告についての説明はまた次回〜。あ、プラッツの「行動指針2011」も次回以降ですね〜。★

2011年11月26日土曜日

日本では「占拠」ではなく「対話」だった 〜11/23 ニート100人集会〜


おっと、気づけばもう土曜日だ。春頃から当ブログが週2ペースになって以来、初めての1週間空きとなってしまった。
病気以前のように超ハードワークではなくしっかり夕方には帰ってきているものの、なにぶん朝イチ出勤(会議等も増えてきたし)が続くため、夜はブログを書く力が脳に残っておらず(でもしっかり休息しています)、あっという間に1週間たってしまった。

で、今回は前回から続く「キーワード」シリーズをまとめて「2011年以降の淡路プラッツの行動指針」を発表しようと思っていたのだけれど、それは次回以降にすることにした。
というのも、今週は23日祝日に(勤労感謝の日!)、「ニート100人集会」という大イベントが大阪・梅田のブリーゼブリーゼ(たしかここは昔のサンケイホールで、僕も弟とストリートスライダースのライブを見に行ったような記憶もあるが、今はまあいわゆる最先端若者ビルですね)であったから。
淡路プラッツからも15名ほどの若者が参加したこともあって、僕も当日午後に様子を見に行った。今回はその感想を簡単に。
Facebookにも同じ写真を載せたけど、ここにも繰り返し載せておこう(上/参加者の「顔」は大丈夫だと思うけど)。iphone4s→iCloudという組み合わせは最強。

プラッツから15人行ったように内実はいろいろなところから集まってきた人たちだったのだろうけど、いわゆるニートと呼ばれる若者たちが100人集まっている光景は圧巻だった。そして何よりも僕が感心したのは、その100人の若者たちが小グループに分かれて主催者の企画どおりに熱心に話し合っていた姿。
1日話しあった結果の要望は主催者がまとめて、企業等へと提案・提出していくそうだが、その要望が無事届くことをプラッツとしても応援していくとして、僕はこの日、あらためて「日本」という不思議さを感じたのであった。

それは、ニューヨークほかのアメリカの若者のように「ウォール街を占拠」するのでもなく、中東の人々のように古典的なデモを展開するのでもなく、「対話(ダイアローグ)」だった。
ちなみに、ニューヨークもカイロもオオサカも、若者たちを襲う基本的な問題(中東も背景には経済問題があるだろう)は同じだと思う。つまりは、グローバリゼーションの問題だ。

大阪府主催・受託NPO運営という背景はあるにしても、実際に若者が100人が集まって、自分たちの問題を熱心に対話・討議できる国民というのも、おそらく世界的に珍しいのではないだろうか。
僕は未読だが、いま『絶望の国の幸福な若者たち』(古市憲寿/講談社)という本が注目されているという。20代の75%が現在の生活に満足していると、アマゾンの同書コピーには書かれているが、そうした背景も、ニート100人会議が静かな対話型で進行できたことと関係するのだろうか。

こうした原因として、僕としては、やはり日本人の死生観に行き着く。今年は特に、東北で大地震が起こって2万人もの方が一斉に亡くなった。日本は有史以来、自然災害で突発的定期的に人が大量に死んでいく特異な国だ。大病を通過した自分自身を振り返っても、常に死にさらされていると、人は静かになり、エキサイトできなくなる。
そこに、同質社会特有のタコツボ現象等、さまざまな要因が重なって「占拠」にはならず「対話」になったのだと思う。いつも僕は当ブログで、この国のタコツボ社会(ちなみに元ネタは丸山真男です)現象を嘆いてはいるが、僕自身、そうした死生観と同質性を根強く有しており、そこから逃げることは難しいと日々感じている。

だが、「占拠」とは別の意味で、「対話」もまた新しいものを生み出す。もしかすると「占拠」よりも「対話」のほうが21世紀型かもしれない。今回のニート100人会議が一発屋企画にならないよう、僕も応援していきたい。★



2011年11月17日木曜日

サポステに定着しない若者たち〜キーワード②「潜在性」〜

前回から唐突に「キーワードシリーズ」が始まったわけだが(それもシリーズ化を思いついたのが前回ブログをアップしたあと……タイトルをあとで修正しました)、今回は「潜在性」について簡単に書いてみる。
哲学好きの人であれば、「あ、元ネタはドゥルーズね」みたいに指摘してしまうかもしれないこのタイトルであるが、まあドゥルーズにもし関心があれば、『差異と反復』や『ミルプラトー』を読んでみてください。
実は、僕は何回も何回も読んだのだけどいまだにピンときていない両書なのではあるが、まあそれはいいか(よくない!!)

そんなわけでドゥルーズはさておき、「潜在性」とは、表出可能性はあるが具体化・顕在化していないものを指す。僕の仕事でいえば、①サポステに定着しない若者たち、②高校中退後20才前後でひきこもっている若者たち(当ブログでは「アラトゥエ」という言葉で取り上げてきた)、そして③非正規雇用ではあるものの社会保険(年金と健康保険)は親が払っている若者たちなどをさす。

③を中心に、いずれも当ブログではおなじみのテーマばかりで、逆に、僕の仕事領域に関しては、これら以外のものは書評とスティーブ・ジョブズくらいしかないというくらい、僕はこれらばかりを取り上げている。

思い起こせば10年前、スピヴァクの『サバルタンは語ることができるか』(みすず書房)を読んだ時の衝撃は僕にとっては格別だった。それは、徐々に、ゆっくりと波紋が広がるように僕の内面に広がっていき、満たし、熟成させた。
そこで語られる、「真の“当事者”は語ることができず、つねに潜在的存在として幽霊のようにそこに居続ける」というテーゼは、いまだに僕の中では中心を占めている。

そしてそのスピヴァクのテーゼと、僕のひきこもり支援の仕事は見事にシンクロし、以来、「最も語ることができず最も潜在的に居続けるひきこもり当事者こそが、最も支援を求めている」というかたちで、確信となって僕の中心を占めるようになった。

その衝撃の余波のせいで、当時せっかく名乗りを上げて発言したり文章を書いたりし始めた当事者の方たち(当時の僕ふうにいえばそれは真の当事者ではなく、元当事者であり「経験者」なのではあるが、いまはそうした呼び名にはそれほどこだわってはいない)と激論になったりして、ずいぶんご迷惑をおかけしたりした。
その点に関してはあらためて申し訳なかったという気持ちでいっぱいなのだが、最大の当事者こそが語ることができず潜在的存在として居続けてしまうという確信そのものはいまだに変わってはいない。

そこ(語ることができない真の当事者)を支援するためには誰かが代弁し誰かが手を差し伸べるしかない。その誰かは、前者(代弁する者)は「元当事者/経験者」になり、後者(支援する者)は「支援者という他者」になる(だからこの両者がぶつかりあうことは生産的ではない)。
「他者という僕」は、真の当事者を代弁しつつ、他者として接触する。まあこのような議論の大元はデリダになるわけだが(ということは、デリダがとりあげたたくさんの哲学者にもつながっていくし当然フロイトにもつながる)、まあ個々の哲学者の名前はいまやもうどうでもいい。
こうした確信を得ることができただけでも、僕は「臨床哲学」を学んだ意味があった。

で、純粋ひきこもり的な若者も含めて、いまだにひきこもり/ニートのジャンルでは、真のひきこもり/ニートは、サポステ等の支援施設には定着していない。特にサポステは、就労結果を委託側が求めるあまり、受託側はその「数字」に追われ、一部のスキルのある団体以外は苦労していると聞く。
サポステに関して、それをどう捉えればいいのかずっと迷ってきたのだけれども、この頃やっと少し見えてきた。サポステとは、つまりは「顕在化した若者」を支援する組織であって、ひきこもり/ニート問題の中核である「潜在化している若者」を支援する中心的組織ではないということだ。

おそらく、そうした潜在化した若者は、国や行政はなかなかキャッチしにくい存在である。なぜなら、同語反復に聞こえるかもしれないが、国や行政にキャッチできないからこそ潜在性が潜在性となることができるから。
言い換えると、ひきこもりとは行政とは別のレベルで生きる存在だということだ。それはしっかり堅実に生きており、かつ支援をどこかで求めているのかもしれないが、決して主流の支援組織が掬いとることができない。
それは、おそらくNPO(の本来事業)しか支援できない。
だから、彼ら彼女らはひきこもりであり、そして「当事者」なのだ。

うーん、うまく説明になってないなあ。またスピヴァクを再読しておきます。とにかく、プラッツはこうした層をどこまでもサポートの中心として位置付けていくということを言いたかった。★

2011年11月14日月曜日

「希望」から「幸福」へ〜キーワード①「幸福」

僕のブログ研究によると、無名の筆者によるブログの閲覧率を高める唯一無二の方法は、「タイトルを工夫すること」に尽きるようだ。つまりは、タイトルに有名人や現在世間が気にしているらしいことを毎回持ってくる。
確かに、僕自身がブログを読むときにも、ブログ筆者名で読むケースはほとんどなく、だいたいが何かの検索の流れでそのブログに辿り着き、そのブログがおもしろかったとしてもブックマークする前に次のページへとサーフィンしてしまう。
余程のことがないと、ブックマークしたとしてもブログそのものを定期的には僕は読まない。僕であれば、池田信夫さんとかさいろ社松本君とか、定期的に読むブログは数本だ。おそらくみなさんもそうでしょう。

そんなわけで、ブログ閲覧のポイントは旬なタイトルということになり、有名人やその時の話題を強引でもタイトルに入れることがコツ、とマニュアル本には書いている。だから当ブログも、先週までは苦労してタイトルにそれらを入れ込んでいた。
だが、前回のブログを書いたことで何となく「スモールステップブログ第1章」が終わった気がしたので(僕はわりと「ああこれで◯章が終わったのかなあ」と考えるタイプ)、今回からタイトルも好き勝手につけることにした。
今回のような「希望」や「幸福」では誰も読まないのは(というかこのページに立どまりにくいのは)わかっているのだけど、やはり、ささやかでもいいから何かを提言していくのが僕の仕事だと思っているから。

東大経済学者の玄田有史さんが「希望学」を提唱されてからもう何年たつのだろうか。経済学の中に「希望」という抽象概念を持ち込むことは非常に抵抗を受けたんだろうなあと想像するのだが、あの当時、希望学は相当重要な意味があったと思う。
それは、超少子高齢化社会に入り込む寸前にいた我々に、ある種の覚悟を迫った。これから我々は未だ体験したことのない世界に突入しますよ、だから凛とした希望をもって、その社会に臨みましょう、といった覚悟だ。
玄田さんが希望といってくれたおかげで、何人もの当事者やその家族が前を向くことができたと思うし、何よりも重要だったのは、それは、青少年支援者に対してある種の「働く意味」を与えてくれた。

我々支援者が毎日地道に仕事/支援しているのは、単に一人の若者を社会に送り出すことにとどまらず、彼ら彼女らやその家族に「希望」を持ってもらうことなんだ、ということを教えてくれたのであった。
そして、その希望は彼ら彼女らに連鎖していき、また、次の世代の彼ら彼女らに伝わっていく。非常に抽象的ではあるが、非常に重い問題(超少子高齢化)に社会全体が直面しようとするとき、「希望」は我々に何かを注入してくれる。

だが、政府の統計的発表はさておき、実感としてその超少子高齢化社会に突入したと僕は思っている。10年前と比べても、確実に社会の中での高齢者率は高まっていると日々実感する。テレビは高齢者向け健康番組と健康食品・グッズのCMであふれ、音楽番組が70〜80年代のヒット曲を繰り返し流す。
僕の仕事においても、ひきこもりの中心年齢は30代(団塊ジュニア)に移行し、親御さんが70才でもそれほど驚かなくなった。
非正規雇用は3割を越え、独身者数も男性で3割を越えている。あの、「いつか近いうちに少子高齢化社会になりますよ」と20年も前から警鐘され続けていた社会に、おそらくすでになっている。

おもしろいことに、最近になればなるほど(超少子高齢化社会に突入して以降)、メディアは超少子高齢化社会の問題をヒステリックにとりあげなくなった。高齢者介護や年金問題など、あれほど毎日騒がれていた問題が、たくさんある問題の一つでしかないというような感じで、あっさりさらりと流されていく。
まるで以前から、「超少子高齢化社会に突入したらこの問題を告発するのはやめましょうね」と示し合わされていたかのごとく、うす〜い問題として、メディアは日々スルーする。

これがつまりは、「人々が恐れていた社会」に突入してしまったときに人々が見せる態度なんだろうなあと思う。僕は社会学者ではないからそれを分析する言葉を持たないし、持っていても今はあまり意味がない。
学者は予想する言葉は持つが解決する力は持たない。今ほど、学者が力を持たない時代はない。

希望とは絶望が前提になった言葉なので、その言葉の明るさに反して実は相当ネガティブな言葉だ。絶望を共有しているからこそ希望という言葉に説得力が溢れる。“死”が前提にあるからこそ「今ここ」の“生”を充実させようという論法と同じだ。
その絶望とは、このまま我々は超少子高齢化へ突入してしまうという、諦めのようなものであった。

だが、その超少子高齢化になった今、希望よりも大事なものがある。それは、その超少子高齢化社会の中で、その社会にいる人なりの「幸福」を見つけ、創出し、そこに身を委ねていくということだ。
その幸福は、抽象的なものではない。
それはたとえば、手取り15万円の給料で30代独身生活をいかに幸福に過ごすかとか、手取り15万円の正規雇用者と手取り12万円の非正規雇用カップルが結婚し何人子どもをつくりどのような幸福な家庭を築くかとか、40代独身サラリーマン生活をしながら70代の親といかに幸福にかかわっていくかとか、30代ニート青年が有料福祉ボランティアをしながら恋人や友人とそれなりに出会い時々アルバイトもしながらいかに幸福な実感を獲得するかとか、挙げだしたらきりがないほど、具体的な幸福像が求められている。

そうした具体的幸福像を描くことをプラッツはお手伝いしていこうと思う。希望を抱きながら、具体的幸福像を築く時代に、この日本はなった。★

2011年11月10日木曜日

NPO経営が僕の仕事になった〜ボランティア型から事業型へ〜

淡路プラッツの機関誌『ゆうほどう』に、僕は毎月「私たちのスモールステップトーク」というエッセイを連載している。わりと毎回丁寧に書いているのだが、プラッツの(というか多くのNPOの)悪い癖で、だいたいは「書きっぱなし、載せっぱなし」になってしまっている。

コンテンツとしては優秀までとはいかないがまあそこそこのレベルはあるのに、それらの提示の方法を知らない。そうした「提示」方法を、僕は残りの人生で研究・実践していこうと思っている。

まあ、広告代理店などはそうした「提示手法」を商品にして食べているのだろうから、お金があればそのような会社に頼めばいいのだが、そこはNPO。とにかくなんでも「手作り」で始めるしかない。

今回は、先々月号の『ゆうほどう』に書いたものを改題・修正して以下に載せてみる。

脳出血から1年が過ぎた。僕の脳は、この夏あたりからやっと落ち着いてきたようだ。ただ、 脳が動き始めたからといって前と同じように働いてはまた倒れてしまうので、僕に一極集中していた組織のありようを変革している。ゆるやかな職制(代表・統括リーダー・主任・主任補佐)や、いくつかの職員の形態(コア社員=常勤職員、専門社員・支援社員=非正規社員等)をつくり、メンバーや保護者のみなさんからは見えにくいかもしれないが、淡路プラッツというNPO団体を確固としたものにするためにぼちぼち働いている。

そんなことをしていると、「経営」というものにきちんと向き合う必要がある。別のところでも書いてきたが、僕は長年心のどこかで経営というものから距離をとってきた。たぶん、支援活動や哲学の探求と「経営」は親和性がなかったためだと思われるが、今のプラッツは、経営への好き嫌いでそれを遠ざけていられるほどの規模ではなくなったようだ。

2011年度の売上額だけでいうと、「ニートによるひきこもり雇用支援」事業の効果がまだ続いているため、おそらく6,000万円強になるだろう。知り合いの税理士事務所が売上3,000万円といっていたから、いくつかの青少年支援大手NPOの売上2億円には当然届かないものの、今のプラッツは小さな会社サイズになってしまっている。

ちなみに、2002年にNPO法人化した時は、売上500万円前後の、まさに経営が風前の灯というか、関係者の魂の力で(亡くなった蓮井さんの魂の力も含めて)続いていたというか、「ボランティア型任意団体」と「ボランティア型NPO」の狭間にいた。

内閣府21年度市民活動団体等基本調査では総収入5,000万円を超えるNPOは9.5%だそうだから、今のプラッツはそこに入り、逆に10年前のプラッツは、典型的日本の(ボランティア型)NPOだったといもいえる。

だが現在のプラッツは「委託・補助金事業」が事業の大半を占める。元々のプラッツ2階で主として展開する事業(本来事業=ひきこもり自立支援事業)は、全体売上の2割にも届かない。ボランティア型だろが事業型だろうが多くのNPOが抱える悩み、つまりは行政の委託・補助金事業だのみという経営実態は、プラッツも変わりはしない。

あれは2003年頃になるだろうか、雇用能力開発機構の委託事業として始めたアメリカ村での青少年相談室運営が、思い起こせば初めての委託・補助金事業であった(その事業ではいくつかのNPOとのよい出会いがあった)。その後、ほっとスペース(現サテライト)事業(大阪市)・トライアルジョブ事業(大阪市)・アウトリーチ事業(大阪府)・市立中央青年センターの事業(大阪市)・ニートによるひきこもり雇用支援事業(大阪府・国)・セカンドプラッツ事業(大阪府)と立て続けに委託・補助金事業を展開してきた。

これらは年度始めから計画・実行してきた事業ではない。これもまた多くのNPOと同じく、「目の前にあるものに飛びついた」結果なのであった。この10年、わけもわからず飛びついて次から次へと事業をこなし、知らない間に「ボランティア型NPO」から「事業型NPO」になっていた。無理がたたって僕は倒れてしまったわけだが、奇跡的に復活できた。この復活をやはりポジティブにとらえ、同じ事業型NPOでも、その場しのぎのNPOではなく、もうちょっと計画的なNPOになろうと思う。そのために、「経営」があり「組織」がある。

今回は一つひとつの言葉を解説せずに書いてしまった。たとえば、「経営」にも、全体(コーポレート)経営と事業経営の二つのレベルがある。コーポレートレベルは経営戦略と人事と財務がメインの仕事であり、広報や社員研修もここに含まれる。

事業レベルは、プラッツであれば、「本来事業(創業より続くひきこもり自立支援や講座)」「委託・補助金事業(ニートによる〜、サテライト、セカンドプラッツ等)」「寄付金(賛助会費)事業」等がある。この、コーポレートと各事業の二つの異なるレベルを混合しないことが経営のスタートだ。

そんなわけで今年は2011年、創業から19年になるのかな。あれからずいぶん遠いところに来たのかもしれないけど、ありがたいことに、プラッツへのニーズは組織形態を変えても変わりはしないどころか、逆に増えている。そして若者の自立支援は超高齢化社会の年金問題も絡めつつ、我が国の「一丁目一番地」の問題になってしまった。

20年前、僕はまださいろ社の編集者だったが、さいろ社社長松本君や亡き蓮井プラッツ塾長も含めて、あの頃誰がこうなると予想しただろうか(すべての人の人生とはそんなものかな)。ニーズがある限り、時代のニーズに応え続ける団体であることをプラッツは目指します。ほどほどに、ね。★

2011年11月6日日曜日

「若者自立支援今後10年を考える勉強会」〜「育て上げ」ネット井村君主催〜に参加して

10/30〜11/5の一週間は慌ただしく、火・木は文科省経由のドイツの青少年支援関係者を10名ほど受け入れ、特に3日祝日はコネクションズ大阪のT所長とともに、10〜16時の長時間にわたって日本の青少年支援の説明&ディスカッションを行なった。
間に通訳さんが入るのでそれほどぎゅうぎゅう詰めの6時間でもないのだが、やはり今の僕の脳には結構負担になる。
でも、ドイツの人たちからフランクにこちらの質問にも答えていただき、なかなか有意義な時間となったのであった。

で、昨日は、「育て上げネット」井村良英君の主催による、「若者自立支援今後10年を考える勉強会」というものが夕方から夜にかけて新大阪で行なわれ、僕はしょぼしょぼの脳を抱えたまま参加した。
参加者は20名ほどではあるものの、NPO〜行政〜大学〜公教育のリーダー級がずらっとそろったメンバーのなか、なかなかディープなワークが展開されたのであった。関西の人が大半ではあるものの、北は山形から南は沖縄まで、全国規模の参加メンバーだった。

井村君とは知りあってもう10年以上になる。最初は、僕が個人で主催したセミナーに、外国旅行から帰ってきたままの格好で彼は参加し、いきなり場に溶け込んでいたのが印象的な、エネルギッシュかつパワーあふれる好青年だった。
その後、妙な因縁で彼は淡路プラッツスタッフになり、00年代初頭の、最も淡路プラッツが経営的にピンチだった時期の塾長を短期間ではあるが努めていただいた。その時期僕は非常勤だったからすべての責任は若き(23〜24才だったと思う)彼に集中しており、たいへんな苦労をかけたと申し訳なく思っている。そして、ものすごく感謝している。

その後彼は大阪の某公的機関で働いたあと、現在の「育て上げ」ネットに就職した。その後の活躍は同ネット理事長・工藤啓さんの著書
『NPOで働く〜社会の課題を解決する仕事』に詳しく書かれているから参照されたい。ほかに玄田有史さんの著書などにもチラチラ名前が出てくるし、僕も含めた淡路プラッツ関係者の中では一番の「出世頭」かもしれない。

ワーク自体は、ボランティアでファシリテートしていただいた某N総研社員の方の進行のもと、出席者が自分や日本の子ども・若者問題の10年後を構想するというもので、19時を過ぎるとしょぼしょぼの脳になってしまう僕としては、たいしたアイデアが浮かばず若干後悔したものの、一晩ぐっすり眠るとやはり非常に意味があったと思えた。
僕としてはふだんから、自分や淡路プラッツの10年後や20年後、そしてその先まで常に考えてはいる。ただそれらはクリアにビジョニングされておらず、まるで小説家の構想のようにあっちにいったりこっちにいったりしている。それが、昨夜のような機会があると、よりシャープに明確化することができる。

プラッツの3〜5年後の中期戦略としては、「ニートインターンシップ」と「アラトゥエ支援」の二大戦略のもと、「ニートによる老人介護事業」他の具体的事業へと落とし込んでいくことになるだろう。
また、それらを広報する「大阪式プレスリリース」の方法も開発しなければいけない。超少子高齢化社会への突入とともに、青少年支援は一福祉分野から、超少子高齢化社会の「一丁目一番地」の問題へとなってしまった。だが、その国民性や選挙民の人口構成(若者は数が少なく選挙にも行かない)から、それは一丁目にありながら「裏通り」の問題であるかのように隠されている。
こうした傾向はこれまでの日本経済では問題はなかった。だが、サービス業をより洗練させていく方向でしか将来性のない日本経済において、もはやこの問題を「なかったことにする」ことは許されない。

若者問題を明確化し、解決しながらもそれを経済構成の有力なウィングとして構成し直し、サービス業の中身を作り替えていくくらいのビジョニングをしないと、日本経済はショボイまましぼんでいき、年金制度もヤバい。
そのために子ども・若者問題のポジティブな解決法を探ることは、今の日本にとって重点課題になっている。
そしてそれを担うNPOを育成していくことは重要だ。なにしろ、「新サービス業立国」でしか生き残っていけない我が国としては、株式会社とともに、NPOは重要な経済ウィングの一角だから。
そして、その中でも、子ども・若者支援/関連(支援関係だけではなく、たとえばプレスリリースやイベントなどを手がけるNPOもここに入ってくるだろう)NPOは、超重要になる。

おっと、日曜朝イチから熱く書いてしまった。つまりは、10年後のビジョンを、以上のようなことを当たり前とした上で描いていきたいということです。★

2011年11月2日水曜日

「ポストトウキョウ」の具体的かたち 『「静岡方式」で行こう!』津富宏編著/クリエイツかもがわ

昨日プラッツにこの本が送り届けられ、今日は比較的時間があるので、昼間事務所でざっと読んでみた。「静岡方式」とは、静岡県で注目されている若者就労支援の新しい試みのことだ。
それを簡単に説明すると、①支援の「場(たとえばサポステのような)」を持たず、②「伴走型」個別支援方式のかたちをとり、③支援者/サポーターはボランティアであり、④地域を「資源のオアシス」と考え、⑤就労というゴールへ「一直線」に向かい、⑥スモールステップで個別支援する、と、まあこのような考え方/システムであるということになるだろうか。

そうしたシステムや考え方を創設者兼NPO代表の文章や取材者の文章で説明し、それに続いて、若者が参加したセミナーへの取材、具体的な就労先やサポーターへのインタビュー、若者当事者の声等で構成された本である。
深く読み込んでいないからもうちょっと深い紹介がされているのかもしれないが、「静岡方式」は上の①〜⑥であると言ってもそれほどズレはないと思う。つまりは、超短期間(半年程度)で個別支援して多くの若者を就労あるいはその道筋に乗せるという、ものすご〜くシンプルだけども、ものすご〜く結果が出ている支援方式だということだ。

優秀なコーディネーターがいて、「職業者」と「若者支援ボランティア」という二重のアイデンティティをもつサポーターがいて、比較的柔軟な就労受け入れ先(ここではコンビニ・老人介護・林業が紹介されている)がネットワークを組めていれば、実はサポステやNPO等の「支援施設」は必要ない、というわりと過激な問いかけを無言のうちにしている過激な本、であるかもしれない。
だが、このシステムの成功は、つまりはそういうことではないかとも捉えることができる。一施設ごとに多額の運営資金を要する既存の支援システム(そのため委託金や利用者負担が必要になる)は、若者支援の最終解ではないということだ。

といいながら、すべての地域で応用可能でもない(本書では秋田の取り組みの成功例が紹介されているが)。NPO(創設者の津富さんには僕も何度かお会いしたことがある、なかなかキュートな方だ)、サポーター、就労協力施設、地域性等、ある程度条件が揃って初めて可能になる仕組みでもある。

僕はこの取り組みは、既存の支援の仕組みを超えた、ひとつの可能性の提供だと思っている。その可能性は現実には、地域性重視やサービスの無料化等、わりと陳腐なものではあるが、「何か」を乗り越えようとしている。
淡路プラッツでは来年度、「ニートインターンシップ」を基本戦略として「ニートが担う老人介護」を現実展開しようと思っている。実は、「静岡方式」はすでにそれを現実化している面もあるのだが、サービス提供側が経済的「ウィン」になれないという点で「静岡方式」はなかなか汎用性がない。
津富さんの「就労支援も社会インフラのひとつ」という考え方も立派な理念であり戦略ではあるが、2010年代にこれを行なう必然性が少し薄い。やはり、サービス提供者も経済的に少しは潤う(ウィン)必要はあると僕は考える。

だが、「静岡方式」は確実に何かを取り崩そうとはしている。津富代表の言葉だけを聞いて(読んで)いると、今のところ単なる地域重視の枠組みから出ていないが、現実の「静岡方式」は代表の言葉からこぼれるくらい、何かの可能性を示している。
それはおそらく、「トウキョウ」に表される既存の仕組みを打ち崩す何か、だ。そのことを創設者の津富さんも本の編集者も気づいていないのかもしれないが、ここには重大なヒントがある。
ポストトウキョウはこのように、地域・場を持たない・スモールステップといったいくつかの言葉に含まれている。

そしてそれは、何もまったく新しいものではなく、既存の仕組み(たとえば老人介護システム)に隠されているものでもある。超少子高齢化社会というまったく新しい世界に我々はすでに突入している。そこでは社会の隅々で新しいことが起こっていると僕は予感している。
若者支援という、超少子高齢化社会のなかでの「一丁目一番地」で、それは象徴的に起こると僕は思っていた。トウキョウという言葉に象徴されるものから脱却する動きのシンボルが「静岡方式」であるかもしれない。ニートインターンシップもそこに続こう。★