2012年4月27日金曜日

現場・企画・管理・発信の4タイプ

おっと、前回のブログからまたまた1週間以上空いたような気が……。うーん、普通に仕事ができるようになると、病気時代は最大の仕事だったこのブログ更新が後回しになるなあ。

でも実は僕は、Facebookの中で「写真とショートエッセイ」みたいなスタイルで時々更新もしている。Facebookは仕事関係者のみ「友だち」とさせていただいているが、誰でも覗くことはできるらしい。興味ある方は、Facebookの会員になって、僕のヘボiPhone写真でも見てやってください。

そうやって写真を撮っていると、昔、友人の松本君とつくった出版社「さいろ社」で、毎日のようにあちこちで写真をとっては記事にしていた頃が懐かしい。
あの懐かしのコーナー「病院グルメ」(病院食堂をゲストの看護師さんと食べ歩きする)では、ゲストがうどんやカレーを食べてる姿を、超満員の病院食堂など気にせず、撮りまくっていたなあ。
そういえば「究極のくつろぎタイム」というコーナーでは、日頃忙しい看護師さんに「究極のくつろぎ」をご提供するため、毎月、全国中旅していたなあ。アニメアテレコ見学とかパラグライダー体験とかジェットコースターのはしごなんて毎月やってたもんなあ。
あれは僕が23〜25才の頃。

まあ、回想モードに浸っていても仕方がない。今回のタイトルは、働く人は結局この4タイプに種分けできるのでは、という最近の僕のアイデアを指している。ものすご〜くベタだけど、案外的をついているような。

「現場タイプ」とは、いわゆる「現場」で最前線の仕事をする人たち。青少年支援の「現場」でいえば、カウンセリングとか居場所支援とか就労支援とか、実際に子どもや若者といっしょになって活動するのが一番「合ってる」人たちのことを指す。

「企画タイプ」とは、その会社や団体が行なう仕事のコンテンツを作り出す人。具体的には、事業のアイデアを搾り出したり、広報のシステムを考えたり、スタッフシステムを編み出したりするのが一番「合ってる」人を指す。

「管理タイプ」とは、はい、文字通り、経営者的な人のことです。一番トップの経営者にいるということではなく、財務・組織・中長期計画を考えるのが一番「合ってる」人のことを指す。

「発信/アートタイプ」は、なかなか表現しにくいのだが、以上3つのレベルとは別の地平に立って、その会社や業界で起こっていることに対して分析・発言したり、時にはその業界が抱える問題を何らかの「作品」に仕上げたりするのが一番得意な人を指す。

僕は、さいろ社を作った頃は、たぶん「企画タイプ」を目指していて、それだけではダメだと30才前に考え「現場タイプ」を長年追求してきた。で、大きな病気を経てここ最近は「管理タイプ」を標榜してきたのだけれども、結局は自分がいずれにも当てはまらない気がしている。

実は20代の頃より、親しい友人たちからは、僕は「発信/アートタイプ」だから自覚したほうがいいと忠告されてきたのを最近よく思い出す。
自分が50才に近づき、もしかしてやっぱり自分は、発信/アートタイプかあ? マジぃ? と自問している。でもそろそろ、無理なく生きる方向性に着地する年頃なんだよなあ。自分の人生、健康に生きることができても、あと20年〜30年だし。

みなさんはどのタイプだろうか。ひとつ言えるのは、30才を越え始めて、この4タイプが徐々に明確化されてくるということです。確定するのはおそらく40才を過ぎた頃。20才くらいじゃわからないんだよなあ。★


2012年4月19日木曜日

NPOと「戦争機械」

この前本屋で、檜垣立哉さんの新刊『ヴィータ・テクニカ』という本が売ってたのでさっそく購入しようと思ったが、3800円もしたからつい躊躇ってしまった。
哲学本としては普通の値段なのだが、どうもこの頃僕は再び貧乏気味なので、ここ10年普通だった「買いたい本はその場で買う」というのができなくなっている。
まあそれはそれでプレイ感覚で楽しいものの、立ち読みだけではフォローしきれないほど同書には魅力たっぷりの議論が詰まっているみたいだ。

同書で、檜垣ファンにとってはおなじみ、ドゥルーズとガタリの『千のプラトー』がとりあげられている。氏は、同書の12章で出てくる「戦争機械」という有名な概念をとりあげつつ、どうやらNPOを戦争機械のひとつの現実的かたちとして位置づけているようだ。

そのあたり、悲しいかな立ち読みだったので、正確ではない。やっぱり今度の給料日に買おうかな〜……、と書くとより悲しいので、ここではとりあえず、桧垣さんが戦争機械の具体的かたちとしてNPOをとりあげているという前提にたって、軽く書いてみたい。
まあこのへんのいい加減さも、ブログならではということでご勘弁を。

ドゥルーズといえば、この人が一番!!



戦争機械とは、国家装置のような社会的制度的に固定化されたものではなく、制度からその都度はみ出ながらアドリブ的に近代的組織化からすり抜ける「潜在的な」人々のつながりのことを指す。めんどくさいので、ヤフー百科事典からコピーするとこうなる。



戦争を目的とする機械のことではなく、むしろ国家の形成や中心化を妨げるような、非中心化的で集団的なメカニズムや横断的なネットワークのこと。この場合「機械」とは、生物に対立する人工物ではなく、むしろ構造主義の「構造」に対立し、いかなる超越的な原理や否定的なものの支配をも受けることなく、相互に中継と分岐を生産していくような潜在性のシステムのことである。




全文はこちらにあるので参照されたい。決して「実際に戦争する社会装置」のことではないのでご注意を。
流行りの言葉で言い換えれば、「ノマド」的組織といってもいいだろうか。たぶんダメな気もするが、まあつまりは、好き勝手やっている人々のつながりであり、既存の組織形態を「動物的に」はみ出しているため非常におもしろい動きをする集団、みたいなものです。

このような概念を用いて、新しい組織形態の代表であるNPOという形態と比較するというのは、安易だがその気持はよくわかる。
たしかに、NPOは既存の株式会社とも違うし、行政組織とも違うように見える。
だが同時に、実は今のNPOは、既存の株式会社に似ている部分もあるし、まるで行政組織のような部分もあったりするのだ。

特に、ボランティア型ではなく事業型と位置づけられる、ある程度経営基盤のしっかりしたNPO(全体の二割にも満たないそうだ)は、既存の社会装置として拡大していく道と、戦争機械のテーストを残したままなんとか経営していく道の、二つの道をどこかで選ばざるをえない。
前者を選ぶと、たとえば経営学のような「近代」の枠組みにはめ込められていき、短・中・長期の経営目標や経営戦略など、近代組織としては当然の行ないをする必要がある。

後者の例を僕は残念ながら知らないのだが、どこかに戦争機械のテーストを持つ事業型のNPOはあるはずと信じて、僕はふだんの仕事をしている。

つまりは今、淡路プラッツはふたつの道の分かれ道にいるというわけです。ここからプラッツはどちらの道に行くのだろうか。
まあ、元のボランティア型へと逆戻りして、ボランティア型戦争機械NPOという道もあるんですが。★

2012年4月15日日曜日

「ガラガラポン」〜原発と日本人

4月になり、身体はだいぶ回復したというものの、仕事のほうは、貧乏NPOの宿命で毎日忙しくなってきた。

気がつけば前の直島ルポから10日もたっているではないか!! この間、たくさんのことはあったが、ギトギトしていてブログ向きのネタでないことばかり。
身体も回復したついでに、ブログの内容も今年度からはもうちょっと自由にテーマを選ぶつもりだ。

というわけで、原発問題について書いてみる。

いまのこの時期は、なんですか、関西電力管内の大飯原発を再稼働するかどうかでもめているとのこと。
僕は今年で48才で、ということは、学生時代から20代前半の熱い時代、例の広瀬隆氏の反原発著書群に影響された世代でもある。
だから基本的には反原発ということで洗脳されてしまっている。最近微妙に敬愛する(と書くと嫌いな人が多いので複雑なのだが実際この人のイノベーション論は好き)池田信夫さんが、具体的データから原発の危険性を過度に心配することを批判しようが、20代前半に洗脳されてしまった反原発メンタリティはなかなか崩れない。

でも、いつの頃からだろうか、原発に対して僕はすっかり諦めてしまっている。

広瀬隆氏ほどではないにしろ、(安定した大陸にある)フランスの50基と、世界一不安定な土地にある日本の50基は、後者がヤバいことは誰が考えたってわかる。
けれども、原発はにょきにょき建設され、去年まで超深刻な事故はなかった。いつのまにか総電力の3割が原発になり、世界最高水準の生活がそれにより保証されていた。

90年頃から、世の中から「反原発」はなくなっていった。大地の不安定さ、電力会社を中心とした利権構造等が指摘されようが、我々は我々日本人らしく、「なんとなく」今の生活に馴染んできたのだ。

昨年、不幸なことに大震災が起こり、深刻な原発事故が生じた。だから我々日本人は何とかそれに対処しようとしている。与党は多くの支持団体からの声を受けて再稼働に走り、関西の自治体の首長は迫りくる総選挙を睨んで原発反対を訴えている。
その他、再稼働に関する、さまざまな動きがこれからも生じていくだろう。

が、たぶんそれらの動きも数年単位の一過性のものとして忘れ去られていく。
僕はこの頃思うのだが、我々日本人はこんな不安定な土地の上で2000年以上生息してきたため、どうも長期的な視点を持てない民族になってしまったのではないだろうか。

70〜100年単位で、国内のどこかで深刻な大地震(最近の150年でも、安政の大地震〜1850年代に複数回〜、関東大震災〜1923年〜、そして阪神と東日本)が起き、それは時期によっては連続して起きたりする(たぶん今がその時期だろう)から、我々は、70〜100年ですべてを「ガラガラポン」する癖というか国民性を持ってしまっているのではないだろうか。

そこから関連して、目の前の細かい問題の解決やものづくりは得意だが長期的視点にたった国や組織づくりができず、異常なほど「決定」できず、異常なほどコンセンサスを重視し、異常なほど「出る杭」を叩く。
これら日本人の特性は、大地震が70〜100年ごとに国内のどこかで必ず襲来する、この日本列島の自然の特徴が原因するのではないだろうか(どうせ自然がガラガラポンしてくれるのだから、すべてを「なんとなく」流していこう)。

そう考えると、細かい職人技や「現場力」には世界一長けているものの、その一方で、出る杭を叩き何も決定できず異常なほどコンセンサスを重視する我々の社会の特徴——つまりは僕が48年間苦しんできたこの社会の特徴——の原因と意味がわかる。

ちょっと荒っぽいけれども、この頃僕はすごくすっきりしている。と、同時に、原発に対してすっかり諦めていた僕自身、典型的日本人なのだなあと、ちょっと虚しくなっている。★

2012年4月5日木曜日

アートの直島〜CSRに潜む幽霊〜

新年度でみなさんお忙しいなか、僕は、ふるさとの香川県にある、最近話題のアートの島・直島に行ってきた。一泊の予定が異常低気圧襲来のため二泊になったものの、非常に楽しめた三日間だった。
個人的にも、以下のような発見があった。

写真①


直島は、ベネッセが一大投資をしてアートを全面に出したCSR活動を展開している島だ。入場料金や宿泊料などは割高なので、正確な意味でのCSRではないだろうが、企業が文化活動を通して社会に貢献するという意味では、立派なCSR活動だと思う。

ただし、同島の広告や雑誌記事等にあるようには全島がアートというわけでは決してないのでご注意を。島の北部には、高度成長期の名残の、また瀬戸内の小島にありがちな産業施設がアート的風景とは無関係に聳えているし、島民のフツーの生活は展開されている。

が、そんなフツーの昭和的瀬戸内の小島の中に、大勢の外国人観光客(フェリー乗り場はまるで国際空港の待合室のようだ)やお忍び芸能人(某大物芸能人家族と僕はホテルがいっしょだった)がうろちょろする光景は、一瞬ここがどこなのかわからなくさせてしまうインパクトをもっている。
前衛的なアート施設だけではなく、大勢の外国人やお忍び芸能人も含んだ風景全体で、「直島」になっている。そんなところに僕は惹かれた。

CSRは企業の社会的責任と普通は訳されるのただろうが、このRはレスポンシビリティのRであって、経営学的には、内部利害関係者(ステークホルダー)への責任という意味で使われることが多いのだそうだ。これとアカウンタビリティ(社外への説明責任)は対になっていて、どちらかというとアカウンタビリティのほうが最近の流行だろう。

が、哲学的には、単なる責任というよりは「応答責任」と訳されることも多い言葉だ。

我々の前には、何をする際にも、我々が「じぶん」である以前に、まずは「他」全般が先にある。「他」全般があって初めて、「じぶん」は現れる。
わかりやすいところでは、たとえば赤ちゃんは、じぶんである前に、まずは周囲の「他」全般を模倣する。その模倣の集積によって徐々に「じぶん」が形成されていく。

この「他」全般(日本語では他者と訳されるが、普通使われる他者よりは人称性がなく、「自分ではない『他』全般」と捉えたほうが西洋語の「他」に近いと思う)がじぶんの存在以前に絶対的に存在するのだから、我々は何をする際にもそうした「他」全般を意識せざるをえない。
このような「他」への意識がレスポンシビリティだと僕は思っていて、ここにコーポレートとソーシャルがくっついたCSRは、考え始めると非常に奥深い概念だと思う。

企業(ここではNPOも含む)が人々の中で存在することそのものに対して、「他」への応答責任が含まれている。英語のCSRには、言葉の裏の裏の裏に、このような微妙なニュアンスが含まれているはずだ。

おもしろいことに直島のアート群の中では、僕は、草間彌生の変なカボチャアート(写真①)にまず惹かれ、島に慣れたあとは、地中美術館でのウォルター・デ・マリア(写真②)やジェームズ・タレル(写真③)の作品、家プロジェクトでのタレルの作品(写真④ ②〜④はホームページよりhttp://www.benesse-artsite.jp/)に吸い寄せられていった。

写真②


写真③


マリアやタレルの作品はエゴを飛び越えたところにある「他」全般に吸収されるような作品だった。
いや、「他」全般というよりも、過去すべてを含めた「他」全般である、いわば「幽霊」のような場所で存在する作品だった。

特に家プロジェクトのタレル作品(写真④)は、真っ暗な場所に5分ほど座っていると徐々に正面と左右に大きな「白い面とふくらみ」が現れてくるというもので、自分の存在以前に何かがあるという、他者性全般について無言ながら雄弁に語っている作品だった。
僕は久しぶりに感動した。

写真④


CSRを展開するベネッセや、同社から依頼されてアート群を構築した専門家集団の意図を飛び越えて、これらの作品はCSRの「R」について静かに訴えているように僕には思えた。

つまり、企業やNPOの社会的応答責任性は、企画者の意図を常に超えて、人々の間に染みこんでいく。そして、企画者の意図(たとえば環境に配慮した設計や顧客受けするモネの作品のようなもの)を超え、企業と人々の垣根そのものを壊す作品(タレル)がある。

そもそも、「企業/NPOと消費者」という垣根は、単に現代社会が創りだした垣根にすぎない。企業は人為的に顧客を想像し、消費者は人為的構造の中に自らを委ねる。そのような「お約束」があって初めて成り立つ関係なのであるが、そのことをふだん我々は忘れている。
マリアやタレルの作品は、CSRという看板にまぎれて、そうしたことを思い出させようと訴えてくる。
皮肉なことに、企業のレスポンシビリティのはずが、「私たち(企業/NPO)とあなたたちを区別するものは実はないんですよ」といったことを告げる。

僕も、弱小NPOの代表としてではあるが、時々「社会貢献」や「社会的責任」といった言葉をこの頃はあまり考えずに口にしてしまう。
その裏に、こうした人為的に作られた「与えるもの/与えられるもの」といった関係があることを忘れてはならない、とタレルの作品によって教えられたのであった。★