2012年8月30日木曜日

ストラテジック・タイ strategic ties〜「戦略的つながり」を〜



■「戦略なきつながり」の危険性

この頃僕は、NPOのネットワークの仕方に2つの危機感を持っている(ここでいう「ネットワーク」は、6/16記事「ネットワークではなくコラボレーション」で示した狭義のものではなく、より一般的な広義のネットワークを指す)。

それは、①「戦略なきつながり」という危険性、②NPOの社会からの乖離、という2つに分かれる。
いずれも、僕のNPO(淡路プラッツ)でも陥りつつある「甘い罠」でもある。
順にみていこう。

①戦略なきつながりとは、時代の変革期である(といわれる)今、社会変革の騎手であるところのNPOはまずは「つながる」必要がある、という動機から沸き起こっている動きを指す。
直接的には、当然ながら、東日本大震災後に日本全国で沸き起こった。震災から2年目の夏を迎えた今もそれは続いている。

その危機感や時代変革の節目であるという認識は、僕も共感する。ただ、その共感がどれほどの「事実」になるのかは、フロイトのトラウマ論ではないが、「事後的」に確かめられるのみだろう。
20年後くらいになって、「ああ、あのときは確かに時代の変革期でした」と、事後的歴史認識的に2010年代が語られる。
その時になって初めて、いま(2010年代)が変革期であったと確定されるだろう。

動乱期(これは個人の歴史〜個人史で「動乱」は「トラウマ」と言い換えられる〜も同じ)は、事が終わったあとになって初めてそれが「動乱だった」と語られる。現在進行形で「今が時代の節目だ」とは誰も語ることはできない。
語ることは自由だが、歴史的「事実」にそれはなれないということだ。なぜなら、同語反復的で申し訳ないが、歴史とは事後的に設定されるものだから。

■NPOは弱小企業

だから時代が変革期かどうかは、それは今はわかりようがない。そうした時だからこそ、「つながり方」には工夫が必要になってくると僕は思う。
むやみやたらに「おもしろいから」「ちょっと今の時代っぽいから」と短期的に動いていてはそれはすぐに忘れ去られるだろう。

②の「NPOの社会からの乖離」も①と深くつながっており、時代の変革期だからとむやみに繋がり続けていては、その時代や社会そのものから逆に離れていってしまうのではないかという危険性だ。
NPOは言葉自体は流行しているが、単体のNPOそれぞれは経営基盤が激弱の「一弱小(非営利)企業」にすぎない。

「企業」と書くと弱小企業扱いされるが、NPOと書くと、経営基盤のことはさておき、とりあえずは今は注目してもらえる。
だから誰もがNPOを名乗りたがるが(あるいは「社会貢献」を語りたがるが)、社会(そして一般企業)はこうした動きを冷静に見ているはずだ。
ここでも、「おもしろそうだから」「ちょっと今の時代っぽいから」と単につながっているだけでは、実際の動きに加担できないまま終わってしまう危険性がある。
つまりは、つながり方にも「戦略性」が必要なのだ。

■ストーリーと、描く人/組織

だが、中長期的つながり(つまりは「戦略」)を我が国民は最も苦手とする(その理由は、先月の記事「日本では「戦略」はムリ?」に書いた)。
しかも、NPO同士の戦略という場合、①その戦略を支える大きな「ストーリー」が必要になるのと、②その戦略を描く人/組織が必要になる。

ストーリーは、「少子高齢社会」へ我が国がついに突入した(だから僕は「少子高齢化社会」ではなく、「化」をとった「少子高齢社会」とこの頃表記するようになった)ことにともない、社会組織・構造のつくりかえに我々はどれだけ計画的に臨めるか、ということとつながる。
この、「社会のつくりかえ」という大ストーリーは当然、行政や企業が主役になるが、その発火点や連接点にNPO(的非営利組織)は十分なりうる。

各NPOはさまざまな目的を抱き、さまざまな事業を有する。そこには従来型の福祉事業や教育事業が含まれるだろう。
それら現在抱えている諸事業から、どの事業が「社会のつくりかえ」という大ストーリーと直結しており、どの事業が(現在の売上規模の大小はさておき)一福祉事業・一教育事業にとどまるのかを見極めることも重要だ。

ちなみに淡路プラッツは小さなNPOであるものの、抱える事業のすべてが「社会のつくりかえ」と直結する。
子ども・若者の自立支援は、いまや一福祉ジャンルではなく、日本社会の構造組み換え(具体的には少子高齢社会での「労働力/税金・年金主体」の確保)という大ストーリーの重要なパートなのだ。

このように、各NPOが自分の事業の分析を行ない、どの事業が「社会のつくりかえ」という大ストーリーなのかということを意識した時が、有効なつがり方のファーストステップとなるだろう。

それ(各NPOの自事業の分析・選別)を前提とした上で、①大ストーリー(少子高齢社会に見合った社会のつくりかえへの寄与)の共有と、②具体的戦略を誰(どの組織)が担うかということが始まる。
こうした段階になった時、それがつまりは「戦略的つながり strategic ties」になるだろう。今のままでは日本人得意の「戦略なきネットワーク」に陥る危険性が十分ある(でも陥るんだろうな〜)。

あら、今日は午後出勤なので朝は軽〜くブログろうと思ったら、結構ハードに書いてしまった。②の具体的提案はいずれ。★





2012年8月26日日曜日

西成区長に説明した〜「となりカフェ」事業と政策アドボカシー〜


■「高校中退」予防事業

のんびりした盆休みが終わっていきなり忙しくなり、残暑の厳しいなか、外に出歩くことが妙に多い一週間だった。
そのなかでも、8/24(金)に、大阪市西成区の臣永(とみなが)区長に当法人の事業を説明する機会を得たので、その内容と意味について報告しておこう。

もう少しするとホームページにもきちんとアップする予定だが(ホームページ自体も、そろそろプロにデザインしてもらおうとも思っています……)、淡路プラッツでは「となりカフェ」という事業をこの夏から始める。
同事業の正式名は「高校中退・不登校フォローアップ事業」といい、その事業名通り、日本の青少年問題の中でもその潜在的重要性においては最大の問題だと僕が思っている「高校中退」の防止について、真正面から取り組む事業だ。
いわゆる「新しい公共支援」事業の枠組みの中で、大阪府(青少年課)と組んで応募したものがこの夏採用された。

事業規模は残念ながら小さいものの、大阪府立西成高校という公立高校の生徒さんを中心とした高校生のみなさんに対して、「高校中退防止」を表看板にして支援できるというのは、僕にとって非常に感慨深い。
というのも、20代や30代になったひきこもりの青年たちの中には、高校中退以降、長期間に渡ってひきもってしまったという人たちが少なくはないからだ。

小・中学生の不登校に対する支援策は我が国でもかなりシステム化され(それでも不登校数は一向に減らないが)、淡路プラッツでも大阪市の「サテライト事業」を10年近くお手伝いしている(淡路プラッツの不登校支援)
が、高校生に関しては、今のところ地域若者サポートステーションによる「就労」の角度からの支援しかないようだ。

高校生の半分は大学に行く時代、専門学校を含めると「就労」に向かう生徒のほうが少数派となる時代、いかにサポステががんばっても「就労」の切り口から高校中退を防止することは限界がある。
そして、高校中退のほとんどは、「高校1年生」時に引き起こってしまうという事実があり、高校1年の生徒に「就労」を(いかにおもろしくいかに「使えるもの」として)語っても自ずと限界がある。
家具には力が入ってる。全体としては庶民的でかわいい空間、となりカフェ。

■となりカフェ

高校中退の予防は、「就労」という面はあくまで補助線だ(我が国のユース対策として「就労」がなぜ最初に出たのかという点については日本の青少年支援の歴史が背景にあるのだが、長くなるのでまた別の機会に)。
高校中退予防は、「就労」の前に、「高校生活の充実」という線で真正面から取り組む必要がある。そのためには「居場所」がキーとなる。
その居場所の名前が「となりカフェ」というわけだ。

事業の中身はこれから当ブログでも追々報告していくとして、以上のようなことを、西成高校がある、大阪市西成区の臣永(とみなが)区長に説明することができた。
臣永区長は、例の「橋下改革」(区長の公募)で区長になった方で、元フリーライター&徳島県那賀川町で町長をされていたという、メディアでも話題の方だ。
加えて西成区は、橋下市長の「西成特区」構想もあって、現在非常に注目されているエリアだ。

僕も一時期フリーライターだったので微妙に親近感を抱きながら面会したのであるが、確かに非常に柔和で親しみやすい方だった。
注目区長らしく、面会当日は民放のニュース番組も我々の様子を大きなカメラで取材していた。
そんな雰囲気もあり、僕は2年前の病気以来まったく緊張しないとはいうものの、周囲は若干緊張していたと思う。
だがそんな緊張感も心地よく、上に書いたような「となりカフェ」事業の意義を、大阪府の方や我がスタッフとともに熱く僕は語ってきた。

事業の成果が出るのは年度が終わってからになるが、区長への説明会自体、なかなかよい時間を持てたと思う(写真を取るのを忘れていた!!)。

■アドボカシーとレスポンシビリティ

当ブログではこの頃「アドボカシー」が流行っているが、今回の西成区長への事業説明も、すでに取得した事業とはいえ、広くアドボカシーの一環といってもいいだろう。
事業実施地区の自治体区長へ、事業の意義と具体的展開を説明し、来年度へ向けての(今回の事業は残念ながら単年度事業)提言活動をすることは、NPOのアドボカシー活動に含まれると僕は思う。

話題の公募区長、いろいろな意味で注目される西成区、そして橋下市長といった華やかな単語に惑わされてはいけない。
そうした社会の動きに時宜をみて乗ることも重要ではあるが、より重要なのは、行政(この場合大阪市独特の事情はあるとはいえ一応「区」)のトップに一NPOの活動を1時間に渡って公的に(メディアが入っている空間で)説明できたということだ。

そしてこうした活動を「アドボカシー」の一環として位置づけ、こうして団体の公式ブログで公表していき、経過を伝えることも、広い意味でNPOの説明/応答責任(レスポンシビリティ)に含まれると思う。

それにしても前回・前々回のブログに書いたように、アドボカシーはルプレザンタシオン(「代表」と「表象」の2つの意味がある)と言い換えることは可能だし、レスポンシビリティ(またはアカウンタビリティ)もこうした動きを報告する文章に差し挟むこともできるなど、これまで僕の「昼間」の仕事(NPO)と直接関係なかった「哲学」の言葉が、普通に使えるのは非常にうれしい。
それだけ時代が本当に変革期になっているということなのだと思う。時代が揺れているとき、哲学の言葉は強いんだなあ。★




2012年8月20日月曜日

アドボカシーのために、私は「私」を語る


■アドボカシーの厳密な定義

前回のアドボカシーネタの記事で語ったように、帰省先から戻ってきて、久しぶりに書店に行き、アドボカシー関連の本を探そうとした。
だがその前に目に入ってきたのが『世界を変える偉大なNPOの条件』(クラッチフィールド他/ダイヤモンド社)だった。この本、Facebookでずいぶん話題になっていたのだ。

パラパラっと立ち読みすると、2章で大々的にアドボカシーが取り上げられているではないか。迷うことなく即購入、2章はさらっと読み、他の章もパラパラ読んでいる。
同書で取り上げられているアドボカシーは、前回ブログで触れた2つのアドボカシーの意味(権利擁護と政策提言)のうち、政策提言のみに絞り込んでいる。

サービス受給者の「権利擁護」といっても、実際にNPOがそれに向けて動く時、現実には2つの動きが考えられる。
1つは、社会や行政に対しての政策提言(つまりふたつめのアドボカシー)、もう1つは社会に向けての幅広い広報活動だ。

経営系の本では初めて「名著」だと思った。邦題は最悪だが。


だからアドボカシーの意味をより細かく定義すると、まずは「権利擁護=『当事者』の代弁」になる。
その大前提を受けて、「政策提言」や「社会広報活動」があげられるだろう。

辞書風に書くと、アドボカシーとは、→①権利擁護(社会的弱者の主張を第3者が代弁すること)、②その現実化に向けての行動(たとえば、行政に向けての政策提言、広く社会に対しての啓発広報活動等)
となる。

だからアドボカシーをより深く問う時、現実的な②のあり方を検討する(政策提言の仕方や効果的な広報活動のあり方の吟味)よりは、一義的な①に対する問いを行なうことがより問題の核心に迫ることができる。

■当事者は語れない

①に含まれる問題を、前回当ブログでは「ひきこもり」を例にあげて、「当事者」と「経験者」の問題、さらにその周囲にいる第三者、とりわけ「支援者」の問題としてあげた。

語ることができるようになった時点でその人は「当事者」ではなくなり「経験者」になる、ということは「当事者」そのものの問題は基本的には誰も語ることができない。
このことは「経験者」の言論を封殺するものではない。それはただ「経験者の言葉」になるだけだ。

言い換えると、「当事者」は自分の問題を自分で語ることができないということがその定義(だから「サバルタン〈当事者〉」は語ることができない)なのだから、永久にその問題はリアルタイムで現れない。

ということは、道は2つに分かれる。
それは、①「経験者」か「第三者(特に身近にいる支援者)」が代弁(アドボカシーあるいはルプレザンタシオン)するか、②そのまま問題を放置しておくか、だ。

ある程度の福祉制度が整った国家体制になると②はありえない。だから、①の上手な方法を模索していくことになる。
その一つが、「経験者」による広報活動(書籍やメディア出演)であり、もう一つが支援者/支援団体による代弁活動だ。

後者がここでは「アドボカシー」と名付けられ、その実際の行動として、政策アドボカシーや講演/メディア・アドボカシーなどがある。

■欲望を直視するために「語る」

ここでのポイントは、では、なぜ第三者によるアドボカシー活動はある種の「議論」になってしまうのか、ということだ。

ここには深く「倫理的」な問いが含まれると僕は思う。
それを一言でいってしまうと、「その問題が過去の問題になった人〈「経験者」のこと〉や第三者〈「支援者や支援団体〉に、「当事者」の本当の苦しみを語ることはできない、あるいは語ってはいけない、もっというと、当事者に代わって語ることは当事者に失礼なのではないか」ということだ。

このような「倫理的」感覚が的外れであればごめんなさい。僕は別にアンケートを取って調査したわけでもなく、自分の直感だけで書いているだけだから。
けれども倫理的な問いをたてるとき、僕はいつも自分の直感の声を聞くようにしている。これまではだいたいこうした直感は当たってきた。

上の直感が少しでも当たっているとすれば、では我々はどうすればよいのだろうか。
それは僕は、ひとつしかないと思っている。

それは、(これは「経験者」も含めて)なぜ自分が「当事者」の代わりに語りたいか、その「欲望」を直視することだ。
その欲望は人それぞれだろうが、欲望を直視するために、我々はやらなければいけないことがあると僕は思う。

それは、できるだけ自分の言葉で「私」を語ること。
私がなぜその問題に関心をいだき、私がなぜその問題を解決する仕事をし、その問題を解決する団体に所属しているか、そのことをまっすぐに見つめ、そしてこれが重要なことだが、見つめたことを「語る」のだ。

語ることでそれは強固な意味になる。その「意味」が、我々が「当事者」を代弁することを倫理的に許可すると僕は思っている。★


2012年8月17日金曜日

「アドボカシー」は哲学りたくなる


■アドボカシーと臨床心理学

この頃、NPO経営や社会貢献議論の流れのなかで「アドボカシー」という言葉をよく聞くようになった。そうした一連の言葉ではほかに、ソーシャル・アントレプレナー(社会起業家)やスケールアウト/スケールアップ(水平/垂直展開)等をよく聞く。

僕は、2年前の脳出血発病までは、主として支援の仕事の傍らに経営っぽいことをしてきた。
中心はあくまでも現場/支援であり、その支援の仕事をもとに「哲学」もしてきた。僕の考えることのほとんどは、青少年支援について、心理学等では物足りない言葉を創出し、概念を創造し、支援システムを提案するということだった(そのひとつの結実がスモールステップスケールver.2.0)。

だから、アドボカシーやソーシャル・アントレプレナーやスケールアウト/アップ等の社会貢献系最新ワードにはかなり疎い。それでも、それら最新ワードを聞いたり読むにつけ、ものすごく共感を覚えるとともに、何か微妙な違和感も抱く。

その違和感は、昔、臨床心理学に対して抱いた違和感に若干似ている。「共感」や「受容」等、臨床心理学が自明のものとしている言語群に僕は強烈な違和感を抱いた。
共感や受容のより深い仕組みを僕は知りたかったが、残念ながら心理学にはそれは存在しなかった。
唯一、哲学にそれはあったのだった。

最近僕は、アドボカシー等のNPO関係の言葉群に、以前臨床心理学の諸概念に抱いたのと同じものを感じている。足りているようで足りない、届きそうで届かない、あの感じだ。

■「当事者」と「経験者」

アドボカシーをWikipediaで引くと(今帰省中なので本屋がまわりにないんです〜)、①権利擁護、②政策提言のふたつが主たる意味として書かれている。
①は、自己意思を明確に表明できない当事者(終末期患者・アルツハイマー患者・重度の障害者等)を「代弁」することを指し、②は①をもとにした(広義の)政治活動を指すようだ。

今回は①をみてみよう。
当事者の代弁(ルプレザンタシオン)については、僕の10年以上のテーマでもある。それは、「ひきこもり当事者は語ることができるか」という問いかけで始まった。
当時は、「語ることのできる」ひきこもり青年が現れた頃だった。彼らは、自分の経験や苦しみを自分の言葉で必死に絞り出していた。

彼らに対して僕は、語れる存在となった者は「ひきこもり経験者」として区別し、いまだ語ることのできない者のみが「ひきこもり当事者」であるとした。
これに対し、「経験者」の方々をひどく怒らせ傷つけてしまった。「では、自分たち『経験者』はひきこもりではなく、語ってはいけないのか」と。

いや、語ることは自由なのだが、あなたたちは決して「当事者」ではない、と僕は頑として主張した。あなたたちはあくまでも「語ることができるようになった『経験者』」であって、真の当事者は自分を「ひきこもり」であると認識すらしていない(生活状態はまぎれもなくひきこもりなのだが)、と僕は主張した。
当時はそこで議論が止まり、いまも止まったままだ。

ここ5年ばかりはプラッツ仕事にかかりっきりで哲学的余裕はなかったから、今も当時の主張とは変わっていない。当事者は経験者に含まれる真部分集合ではあるが、経験者は当事者に戻ることはできない。

と同時に、当事者は決して「語ることができない」。最近は自分のことを「ひきこもりだ」と表明できる若者が増えたが(この時点で僕の定義では「経験者」になっているが)、10年前はそれほど多くはなかった。

僕がスモールステップスケールのなかでひきこもりとニートを区別しているのは、実はこうした点からもきている。
現在はだいぶ曖昧になっているものの、元々は、「語れない当事者=ひきこもり=支援施設につながっていない(アウトリーチできていない)者」、「語れる経験者=ニート=支援施設につながった(アウトリーチに成功した)者」という区別から出発した。

■支援者の「欲望」

さらにここに、僕のような「外部にいる存在者」もかかわってくる。
僕のような外部にいる支援者/NPO運営者/研究者は、いつのまにか自分の存在を隠して、ひきこもりやニートの議論をする。
誰が経験者で誰が当事者かなどと、自分の立ち位置を明確にしないまま、自分を空気のような存在として、現在の若者の問題を議論(代弁・代表の意とは別の、もうひとつのルプレザンタシオン/表象)している。

その議論の中には、実は自分(田中的ポジションにいる人)の利害が含まれている。僕であれば、「淡路プラッツのミッションを現実化させたい」「淡路プラッツを経営的に安定化させたい」等の隠れた欲望が存在する。
当然、「ひきこもり当事者と経験者、その家族がいまよりも楽になってもらいたい」という欲望も僕の中にはある(この欲望はNPOのミッションと直結する)。

こうした諸欲望を現実化させる時の対象が、ひきこもり「当事者」と「経験者」、そしてその家族だ。
このような僕自身の欲望を明らかにしないまま、僕は「支援」という衣をはおり、経験者や当事者の家族(厳密な定義では支援者は当事者の家族にしか出会えない)に向かう。

これは、僕のような代表職ではなく一支援者であっても同じ。そこには、一支援者としてのそれなりの欲望が潜んでいる(カウンセラーとして若者を元気にしたい)。

久しぶりに「当事者/経験者/支援者」の議論を振り返ったので、ものすごく中途半端な感じだが、「アドボカシー」というとき、実はこうした問題系が次から次へと現れる。
それを、現代のアドボカシー議論はどこまでフォローしているのだろうか。

明日大阪に帰るので、本屋で調べてみようっと。★

2012年8月16日木曜日

「友だち」 GANTZとFacebookに関する考察2本


友だちが多すぎて〜『GANTZ』『ワンピース』、Facebook(5.2)

マンガ好きだけでは友だちはできない〜『GANTZ』『進撃の巨人』(11.9.4)


香川県でのお盆休みも4日目になると、気づけば仕事のようなことをしていた。
これはマズイ、というわけで、これまでのブログをまた再編集してみた。仕事のようでこれは僕にとっては楽しい作業。

いずれも『GANTZ』を取り上げたものだが、「友だち」について考える内容だ。
生活へのネットの本格流入と、ネット文化を背景にした趣味の多角化が、「友だち」づくりを困難にする。

小学時代は、ネットに対する大人の干渉と本人の力量不足のためリアル友達に向かいやすいが、思春期移行はとたんに「友だち」の質が変わり始める。
こうしたことを肉感的に知っている35才以下の社会人の役割はここでも大きい。★


映画は登場人物が少ないから(たぶん)わかりやすい


2012年8月14日火曜日

ベスト「シェアNPO」

オルタナティブNPOとシェアNPO〜2世代のNPOはつながるか(5/6)

ネットワークではなくNPOコラボレーション(6/15)

ポスト「シェアNPO」の可能性(6/25)

前回のブログ(「変な大人」は“複数”になる)の最後に、最近書いてきた「変な大人論」をまとめたものを貼り付けてみた。
このように、「代表の考えをより読みやすく提示する」ということも、「2012年のNPOの発信力」に含まれると僕は思う。

そういえば、この頃のミュージシャンは、ベストものばかり出している。
あれは、単なる営業スピリットだけでもなく、ネタ切れでもなく、たぶん最大の要因は、「何回も何回もベストものを出さなければ作品が消費者に届きにくい」時代だから、ということなんだろう。

6/25のイベント前、主催者(古今堂氏)とゲスト(加藤氏・田中)自ら机を並べる(撮影・工藤氏)

誰もが簡単に制作・発信できるようになっただけに、大量にあふれるそうした作品たちに埋もれてしまって、自分の制作物をなかなか見てもらえない。
だから、同じようなベストものが繰り返し発表される。それくらいして初めて、一般消費者はそうした作品に気づく。作品の出来不出来の前に、作品の出現そのものを知らせていく時代になった。

今回は、「変な大人」論とともに今年上半期の代表論考「シェアNPO」について書いたものをまとめてみた。
この続き、今年の冬あたりに開こうと思っています。お楽しみに〜★

2012年8月12日日曜日

「変な大人」は“複数”になる〜淡路プラッツ・スタッフサマー宿泊研修〜変な大人論⑦


■スタッフ研修!!

8月10日と11日、琵琶湖湖畔の落ち着いた雰囲気の研修施設/ホテルで、淡路プラッツ20年の歴史で初めての、スタッフ宿泊研修を行なった。
スタッフが宿泊するのは初代塾長の故・蓮井学さん時代以来プラッツのお家芸ではあるが、「スタッフ研修」に特化して泊まりこむのは初めてだ。

思い起こせば25年前のバブリーな時代、大卒新入社員として京都にある某出版社に入社した僕は、1ヶ月にわたる新人宿泊研修を受けたのであった。
そこでは、営業業務を中心に、社会人としての基本を徹底的に叩き込まれた。あの時はいやでいやでたまらなかったものの、結局そこで学んださまざまな「常識」は僕の社会人としての基礎になっている。

その出版社は出版不況に耐え切れず倒産してしまったけれども、またその時いた新入社員たちの半数以上は退社したけれども、退社組の中には、プロの作家になったり(結構な売れっ子ミステリー作家もいる)、大学教授になったり、出版社経営兼ライターになったり(さいろ社の松本君のこと……)、NPO代表になったり(僕のこと……)といろんな人達がいるから、まあおもしろい会社ではあった。

会議で「黙る」原因、①叱られた感 ②「違う」感 ③「正解」ではないから ④ぶつかりを避ける 
そんなわけで僕は、20代前半に会社で徹底的に研修を受けるということは、それ以降のその人の人生を決定するほど重要なことだという確信をなぜか抱いている。
だからプラッツでも、きちんとした社会人研修をずっと前から開いてみたかった。今年になってやっとそれが実践できる余裕が生まれてきたと判断したので、小規模ではあるが若手社員中心の研修を行なったというわけだ。

■「沈黙」の原因と問い

10日の日中、滋賀県にある発達障害専門自立支援施設である話題の「ジョブカレ」で講演したあとに集合したせいか若干僕は疲れていたが、参加者のモチベーションが高かったせいか初日から白熱したトークとなった。

今回の研修のテーマは「プラッツスタッフとして“発信力”“提案力”を磨く」。
僕が発信得意なため日頃から誤解を受けがちだが、淡路プラッツスタッフのほとんどは(というか僕以外の全員は)、どちらかというとマジメで奥ゆかしく発言も慎重だ。
が、それなりの「事業型NPO」となり、僕も慢性疾患(高血圧ほか)を抱えてしまった今、病がある程度癒えこれから再び僕に集中するであろう広報/発信仕事を、スタッフが幅広く行なえるようにならなければいけない。

それに加え、上に書いた「若手NPOスタッフとして重要な体験を積む」という意味でも、自分が属する組織について語れるようになることは重要だ。

「スーパー大学非常勤講師(倫理学ほか)」として関西では有名な菊地建至先生にも参加していただいて、初日は、「会議で『沈黙する』理由」と「発信力に関する問い」を議論し、洗いだした。
それをホワイトボードに書き出してみる。


「沈黙」や「表現」に関する問い5つ+1

■コミュニティボール

2日目午前中は、若手スタッフのレポートの発表、菊地先生によるビデオほかを用いたレクチャー。お昼を挟んだあと、僕の恩師である、大阪大学大学院・臨床哲学准教授の本間直樹先生の進行のもと、「コミュニティーボール」づくりとそれを用いたワークを行なった。

コミュニティボールについては、カフェフィロのこんなページセミナー「子どもとする哲学対話」報告コミュニティボールとはをご参照を。

右から二人目、T事業責任者が持っているのがコミュニティボール(その場の手作り、毛糸製)
コミュニティボールを渡すT事業責任者。僕は奥のほうで寝ているわけではなくて、記録をとってます。
発言権が可視化されるコミュニティボールは、奥ゆかしい日本人とっては、子どもから大人までの「表現」に関するすべてのワーク/セミナーに使える超便利アイテムだ。
ボールをもった間はしっかり発言権が集中するため、議論はぶれることなく流れていく。そこでは、各々が自らの発信力向上を意識しながらも、プラッツ自体の発信力強化についての建設的な話し合いが積み上げられたのであった。

夕方の17時過ぎまで研修は続き、盆休み直前の道路事情のため、僕が家に帰ったのは22時を過ぎていた。
病弱な僕にとってはなかなかハードな2日間だったけれども、この10年を振り返っても、とても充実した2日間になった。菊地先生、本間先生、本当にありがとうございます。

僕としては、恩師・本間先生による、「田中さんも『複数』のあり方を目指してください」という言葉が大きく残った研修になった。
「複数」に関しては、前夜からの菊地先生のお話の中でも中心的にとりあげられていた(プラス、菊地先生は「カジュアルに語ること」も強調されていた)。
それらの言葉の背後に、ドゥルーズの言葉(『ミル・プラトー』1行目「2人がそれぞれ複数だったから、それだけでもう多数になっていたわけだ」)も重ねながら、僕は聞いていたのだった。

そういえば、ここ5〜6年は、プラッツの事業安定のみに集中し、「複数の自分」どころではなかったなあ。おかげさまで売上規模は10年前の10倍になったけれども、働き過ぎで僕は死ぬ寸前のところまでいった。

ここらで久しぶりに恩師の言葉を実践してみよう。その実践は、僕の「変な大人」度をより磨いていくことだろう。★

■「変な大人」論
1.「変な大人」が子どもを癒す
2.「自由」は癒しツールだが自立ツールではない
3.不登校版スモールステップスケール
4.「動くこと」の意味
5.the time is out of joint
6.規律(学校)と監視(Facebook・Twitter)







2012年8月5日日曜日

日本では「戦略」はムリ?〜なでしこ・スーパーカブ・東日本大震災〜


■なでしこ戦略への批判

オリンピックが始まって1週間くらいたつのかな、新聞もテレビもオリンピック一色なので僕も興味深く見ているが、この間、「日本人」を考えるのに適した出来事が2つあった。
ひとつは、なでしこジャパンの監督が予選3戦目で引き分け戦術を選択したことに対する批判が予想外にあったこと、もうひとつは400メートルハードル男子予選で、怪我をしているのにもかからず「最後まで走り抜いた」日本人選手がいたこと、だった。

いずれの事例も、「中長期的な勝敗よりも、短期決戦の中で『潔く』戦うことを重視する」日本の特質が典型的にあらわれたものだ。
怪我をしているのに走りぬく選手に対して、テレビ中継では批判を聞かなかった。日本以外の国であれば、たとえば「他の選手に譲るべき」「将来の選手寿命を考えるべき」等の批判のほうが多いだろう。

なでしこ監督のひきわけ戦術に関しても、どちらかというと批判的トーンのほうが多いように感じた(擁護議論もあるのだろうがそこまでチェックしていない)。
今回の大会のテーマ(ミッション)はおそらく、「ポテンシャルの落ちた澤をいかしながら、大野・川澄・宮間等の中核選手の集団リーダーシップのもと、どう優勝するか」というものだっただろう。
おもしろい。だが、なぜ戦略を持てないのかという説明が弱い。惜しい。

そのために監督は、今回の大会の戦略を「できるだけリスクを回避して効率的に戦う」というものにしたのではないかと推察する。
その戦略のもと、「優勝候補の中でも日本が勝つ確率の高いブラジル」を準々決勝の相手に選び、「移動距離の負担を減らす」ことも考慮したのではないか。

なでしこの戦いは、戦略性のない日本人としては珍しく戦略的であり(監督が会見でその戦略を漏らしたのは迂闊だったのか、戦略性のない日本人に対する皮肉か)、非常に見習うべきものだったのではないかと僕は思う。
けれども、単に「潔くない」という点から(つまりは何となくの「空気」から)批判されている。
これ(負傷ハードル選手への無批判と、なでしこ監督の戦略優先主義への批判)こそが、僕は「日本」、そして「日本人」そのものだと思う。


■「偶然の成功体験」が戦略になってしまう

最近売れている『「超」入門 失敗の本質』(鈴木博毅/ダイヤモンド社)によると、戦略が苦手な日本企業は「一点突破・全面展開」を好み、その戦略性も偶然に獲得することが多いという(ホンダのスーパーカブは、スーパーカブ的乗り物にニーズがあることを、アメリカでの市場展開の中から偶然に気づいた)。

同書は日本独特の戦略の獲得パターンを「体験的学習」と名づけている。何気ない日常の積み重ねのなか、たとえば「スーパーカブはもしかすると『ふだん乗り』としてニーズがあるかも」と気付く。
そのようにして偶然に発見し、試しに市場展開すると意外と当たる。これが偶然に「スーパーカブは売れるかも!!」となり、大々的に売りだしてみると見事に大当たりし、現在まで続く大ヒット商品となる。
このような偶然の積み重ねから「体験的」に戦略は生まれてくるのが、日本の特質のようだ。

これに対して、リーマン危機・東日本大震災/福島原発大事故を通して決定的に転換を迫られている(評論家諸氏が「幕末・明治維新と第二次大戦敗戦に続く、第三の転換点」と呼んでいるのは御存知の通り)日本社会に存在する組織、つまりは企業やNPOには、体験的なものではない、「普通の」戦略が求められている。

普通の戦略を『失敗の本質』で取り上げられているアメリカ軍の例で説明すると、勝利という大目標(この場合戦争なのでミッションではなく目標になる)を目指し、当時のアメリカ軍は「持久総力戦」という戦略を選択した。そのために、「生産力・国力増強」という戦術を選ぶ。
今回のサッカーのなでしこでいうと、「リスク回避のなかでの効率的勝利」という戦略を選択し、そのために「引き分け」戦術がある。

対して当時の日本軍は、「決戦戦争」という戦略を選択し(つまりは「一点突破・全面展開」でなんとかする)、「目の前の戦場での勝利」という戦術を選んでいる(そのためアメリカ軍が無視した太平洋の小島も占領してしまう)。
日本軍の戦略を一言で表すと、「とにかく目の前の戦いに全力でぶつかればなんとかなる」というもので、これはつまりは戦略ではない。

ただ戦争を離れて経済活動にまで広げて考えると、これらのなかにも時々成功する体験が含まれ、それがたまたま「スーパーカブ」だったりする。そしてこれが以降の「戦略」になっていく。

■一生の中で必ずある

Twitterでもこの頃僕はつぶやいているが、問題は、日本人がなぜこのような「行き当たりばったり」主義を好み、「その場で美しく散る」ことを好む傾向にあるか、ということだ。
なぜ日本は、戦術的/タクティクス的(その場かぎりでの戦い)あるいはタスク的(日常業務の細かい改善)にはあれほど配慮が行き届きながら、数年単位の「戦略/ストラテジー」となるとからっきしダメなのか。

今のところ僕の結論は、およそ80年に一度大地震が襲い(ここ150年でも、安政の大地震〜関東大震災〜阪神大震災・東日本大震災)、数万人単位が一瞬にして亡くなっていく大地の上に住んでいるから、としか言いようがない。
80年に一度ということは、人間が短命にならない限りはその一生の中で必ず一度体験するということだ。何世代の中での一度ではなく、一世代の中で必ず一度は大地震が起こる、限りなく不安定な土地の上で我々は2000年以上に渡って生活している。

そうした条件下で生活していると、自然と長期的視野を持つ必然性がなく、「目の前の」「その瞬間の」「美しさ」「潔さ」あるいは「もののあはれ」「完全燃焼」等を重視する。
これはいわばニーチェ/ドゥルーズ的でもあるから、哲学マニアの僕としては完全賛同せざるをえないのではあるが、戦略性の求められる時代の転換点にあるNPO経営者としては「潔さ」だけでは話にならないのも事実だ。

まあ、このようなことから、我々日本人は「戦略なき国民性」あるいは「タスク至上主義的国民性」を持つに至ったと今のところは考えざるをえない。
もうひとつあるとすれば、やはり「周囲を海に囲まれた閉鎖性から、大規模な内戦がほとんどないため」ということになるのかな。

実は僕の中にも「スーパーカブ」はあるだけに、なかなかしんどい。★