2013年1月29日火曜日

3/16NPOユースカフェお知らせと、NPOしゃらく小嶋さん寄稿

みなさんお元気ですか!!
さて、1/19「3世代NPOと“公共性”」に引き続き、サードセクター中間支援に関して、下記のイベントを3/16(土)にクレオ大阪中央で開催予定です。
ご関心ある方は、田中メール(tanakatosihide@facebook.com)か、awajiplatz@gmail.comまで。
また、1/19イベントを、主催者の1人小嶋さんが下記に振り返ってくれました(Facebook投稿からの転載)。シェア世代ど真ん中からの報告と、他世代への貴重なコメントです。よろしければご一読を〜(田中)




クレオ大阪中央(HPより)


2010年代になり、少子高齢社会に本格的に突入した日本にとって、会社でもなく行政でもない、社会貢献活動を行なう「サードセクター」(NPO・NG0・一般社団・株式会社等々)の位置づけは益々重要なものになってきています。

この「NPOユースカフェ」は、それらサードセクターの40才未満の若手スタッフを対象に、「カフェ」やワークショップの形式を使って持続的に育成・研修していくものです。

またこの「NPOユースカフェ」は、大阪大学「臨床哲学」から発足したカフェフィロと、NPO法人淡路プラッツの田中俊英がともに活動を展開していきます。
今回は、シンプルだけども大人も子どももなぜか話しやすくなる「魔法のボール」コミュニティボールを用いてのワークです。
みなさんもこの魔法のボールを使って、NPOにとっての「公共性」や、日々の活動を違う角度から見つめなおしてみませんか。参加費は格安の1000円設定です。
ここで気づいたことがみなさんの日々の職場に反映されることを願いつつ。(田中俊英)

■日時……3/16(土)14:00〜17:00
■場所……クレオ大阪中央http://www.creo-osaka.or.jp/chuou/index.html
■対象……関西にあるNPOスタッフ(ジャンルは問いません)、その他NGO・一般社団法人・株式会社等、社会貢献を指向する「サードセクター」のスタッフ、それらの団体に関わる学生・ボランティア等。40才以下。
■定員……15名
■参加費(材料費ほかに充当します)1000円

■進行……松川絵理(カフェフィロ/大阪大学コミュケーションデザインセンター特任研究員)、コーディネーター……田中俊英(NPO法人淡路プラッツ
■主催……カフェフィロ、淡路プラッツ
■内容 「コミュニティボール」をつかってのワークショップ
■お申し込みは、tanakatosihide@facebook.comか、淡路プラッツawajiplatz@gmail.comへ(担当・田中俊英)








Facebookより





□兵庫のシェア世代代表

NPO法人しゃらくの理事であり、設立者の一人。しゃらくは20
05年に設立された。
主な事業は、介護付き付き添い旅行とインキ
ュベート事業=中間支援事業。
インキュベート事業は、行政の委託
・補助がメイン。生きサポ、協働コーディネーター、NPO設立相談窓口、新しい公共を2本、IT・DTPサポートなどをやっている。小嶋はインキュベートを担当している。
しゃらくは、兵庫のシ
ェア世代の代表格のNPO。

今日のメインの話は、NPOの収入を今後どうしていくのかということ。

ビジネスのアイディアはあったが、設立は思いつきに近い。始めはすごく苦労した。兵庫県のほかのNPOがいろいろと懇意にしてくれて、設立1年でシニア生きサポを獲得した。兵庫県の補助事業で、通常は設立すぐには取れないもの。

生きサポはコミュニティビジネスの支援を掲げている。中間支援事業と就労支援が主な内容。
生きサポは県内に6団体あり、僕たち以外のほかの団体は全部オルタナティブ世代だといってよい。先輩格であるオルタナティブに認められることの意義はあったし、そうするべきだと思った。しかし、数年経ち、本当にこのままの路線が続けられるのかと疑問に思ってきた。

生きサポは毎年コンペだ。落ちたら経営は一気に悪化する。
またスタッフの給与も、委託に縛られそれほど高いわけではない。そのときに、ほかのシェア世代のNPOと出会い、シェアという志向性への転換を図っていった。
2007年に、しゃらく旅倶楽部(自主事業、自分で稼ぐ)の立ち上げ。完全なシェア志向になったのだろう

□イギリスのソーシャル・エンタープライズでも

シェアの考え方は、別に不労所得でアーリーリタイアしたいわけではない。
働いた分、きちんと稼いで儲けよう。いつまでもボランティアでは続かない、という考え方。
稼ぎながら社会貢献する事業を重視する。つまり、ソーシャルビジネス・事業型NPOという考え方に近づく。

そういう意味では、日本でソーシャルビジネスが生まれたのは、シェア世代とオルタナティブのせめぎ合いから、必然的に生まれたものなのかもしれない。シェアは、オルタナティブとの違いを打ち出す必要があった。

また、ノーザンプトン大学のクリス・ダーキン先生曰く、「イギリスのソーシャル・エンタープライズでも、政府の補助や委託なしで稼げているのはごくわずか」。
この状況は、日本のソーシャルビジネス、ひいてはシェアでも変わらない。やはり、必要悪かもしれないが、当面は行政委託・補助事業は必要だ。

シェア世代を行政からみてみる。市民活動のようなオルタナティブの頑固さがなく、あくまでビジネスライクだ。年齢的にも若くて付き合いやすい。
オルタナティブの代わりとして、行政から重宝されやすいため、自主事業+行政委託の基盤をつくれる。しかし、いつまでも行政委託に頼るわけにはいかないし、ビジネスを重視しすぎて、運動性をなくすことも。

□Z世代とオルタナティブ世代の分岐点

Z世代できちんと喰っていけている人たちはどれほどなのか。
行政委託・補助は、オルタナティブとシェアがすでに囲い込んでいる。Z世代は、シェアと考え方やアプローチが近いため差異化しにくい
また、オルタナティブが持つ実績や信頼は皆無。その上、委託事業は今後大きくならないだろう。
Z世代は社会的に注目されているが、シェアやオルタナティブと異なる収益源を保つ必要があるのでは。

オルタナティブ世代の重要な分岐点は、カリスマ的リーダーの引退時期に差し掛かっていること。
やはりオルタナティブのリーダーは別格だ。オルタナティブで働く年齢が若いスタッフ(シェアやZ世代と同年代のスタッフ)はカリスマの穴を埋め、これからも行政とのパイプを維持できるのか。★

2013年1月25日金曜日

グールドもニール・ヤングも「変な大人」、そして大島渚も


■3/16はNPOユースカフェ

1/19、当ブログでも長く宣伝してきた「3世代NPOと『公共性』http://toroo4ever.blogspot.jp/2013/01/3npo.html」が無事終わり、今週は何となく気の抜けた1週間になってしまった。
次は、NPO等のサードセクターで働く若手スタッフを対象に、「カフェフィロ」(大阪大学「臨床哲学」より生まれた団体)と組んで、3/16(土)午後に「NPOユースカフェ」という集まりを企画している。

これは、「3世代〜」よりももっと現実に即した集まりで、サードセクターの次世代スタッフ育成を目的とする(ユースと付いているのは「若手スタッフ対象」という意味で、青少年ジャンルに限るものではなく幅広いジャンルが対象です)。
同種のものは最近あちこちにあるが、カフェフィロと組んで哲学的に根源的にかつの〜んびりざっくばらんに追求していこうっていうのがこのシリーズの狙いだ。

会場はクレオ大阪中央を予定しているものの、今日料金を払って決定ということになるので、具体的な宣伝は少し後になります。
テーマは、「NPOに必要な“公共性”とは?」で、カフェフィロイベントではおなじみの「魔法のボール」コミュニティーボールを使ったワークショップです。詳しい宣伝文をお楽しみに〜

■ニール・ヤング、グールド、み〜んな「変」

そんなわけで今日は音楽と「変な大人」の話を少し。
僕は毎日真面目なことばかり考えているわけでもなく、時々はぼんやりと仕事に関係なくネットを探索する。この頃は知り合い達がFacebookに貼り付けてくれる昔のミュージシャンの画像をのんびり見ることが多い。

そんな流れから、何となくこのニール・ヤングの「ヘルプレス」を見てみた。
変すぎて渋過ぎてかっこよすぎる〜!!

渋い。泣ける。初めてこの曲を聞いたのは確か大学2年生くらいだったか……、あれは高校時代の同級生とお酒を飲んでいてそいつがギターでがなり始め……、いや、そうした昔話はいいや。

歌詞の中身も実はどうでもよかったりする。単に、このニール・ヤングの佇まいと声が、僕をなぜか癒してしまうのだ。

そんな「youtube探索」のネットサーフィンは、ジャンルを超えて、グレン・グールドの「ゴルトベルク変奏曲」に移行した。
なぜ歌う? 

これもまたすごすぎる〜!! グールドの場合、変人を超えている。なぜこの椅子の位置(有名なグールドのマイチェア)? なぜ鼻歌で歌いまくる? なぜこんな姿勢なのにこんなに弾けてしまう? で、なぜバッハの曲がこんな超絶速弾きになってる? 数々の謎を無視して、グールドは45分弾き続ける。
それは、一番真摯なコミュニケーションのようにも見える。

■音の塊と、日本人変な大人

貼り付け始めたらキリがない。
たとえばこれはどうだ!! 
最近の復活ライブは息子がドラマー。
ツェッペリンの変さはこの父・ジョン・ボーナムがたたきだす。

レッド・ツェッペリンの昔の映画から「永遠の歌」。渋谷陽一ではないが、「音が塊」として届いていくるさまは圧倒的。音自体が「変」なのだ(映像にはジョン・ボーナムは全然出てこないので、音だけ聞いてくださいね)。

ではこれは?
結局二人は仲良かった。本当の「友だち」。

RCサクセションの「いいことばかりはありゃしない」10分バージョン。最後のほうの、「なんにも変わっちゃいないことに気がついて……」の叫びに涙したのは僕だけか。

■変な大人はパンダだけではない

調子に乗りすぎたかな。でもまあ、イベントの合間ということでご容赦くださいね。

つまり僕が言いたいのは、「究極の変な大人」はパンダもそうではあるが(この記事参照http://toroo4ever.blogspot.jp/2012/12/blog-post.html)、やっぱり人間にもいた、ということだ。

それはロックに限定というわけではなく、グールドが典型的なように、ジャンルを超えて存在する。それは音楽だけではなく、この映画を作った亡き大島渚もそうだった。
「日本の夜と霧」
暑っ苦しく芸術性はあまりないように見えるが、これを作りきったという行為自体が「変」。

大島渚は今考えると、彼の決まり文句「バカヤロー!!」にもつながる、瞬間の映像に美学があった(たとえば「戦場のメリークリスマス」のラスト)。

「戦場のメリークリスマス」は1983年の作品。この頃からすべての作品は産業化し、大々的になっていったが、同時に「変さ」も商品としてコントロールされ始めた。

商品となった「変」では人を癒すことはできない。パンダは、そうした商品性をもうちくだく力強い「変さ」を内包しているが、人間にはそこまでの「変な力」は残念ながらないようだ。

まだ「変さ」が商品化されずコントロールしにくかった70年代までの文化作品に人々が懐かしさを感じるのは、作品の優劣ではなく、「社会規範からはみでた変さ」になぜか癒しを感じてしまうからなのでは、と僕は思う。

疲れているのは何もひきこもりや不登校の青少年だけではない。大人もみなこの(フーコー的管理)社会に窮屈さを感じており、どこかに癒しを求める。
その意味で、70年代ロックも、60年代大島渚も、50年代グールドも(映像は80年のものだが)、そして白浜のパンダもみな同じ。

でもまあ、やっぱりパンダが最強かなあ★






2013年1月20日日曜日

「3世代NPOと“公共性”」報告


■無事ミートアップ!!

昨日、「ミートアップ『3世代NPOと“公共性”』」(主催者等はここを参照)が盛況のなか無事行なわれ、さらにこの動きは加速する気配が見えてきたので、簡単に報告しておこう。

会は、①参加者自己紹介(NPO関係者から市会議員や大学関係者、また地域別では九州・熊本や岡山等の遠隔地からも!!)、②田中・小嶋・加藤が順に発表、③発表を受けてのテーマ別班分け、④ミートアップ、⑤各班からの次回に向けての「問い」提出、という順で行なった。
14時からあっというまの2時間半で、これだけのヴォリュームの場合もう少し長い時間設定が必要との意見も出たが、最初から3時間を超える設定では人も集まりにくくなる、という意見も出た。

小嶋さんの発表、右に加藤さん。
会場のデザイン・クリエイティブセンター神戸は、神戸らしい佇まいでおすすめ。


田中・小嶋・加藤の発表は以下のとおり。
田中は、3世代NPOの説明やNPOとNGOの違いなど当ブログでここ1ヶ月書いてきたことを語った。
小嶋さんは、NPOしゃらくの歴史・シェアNPOと行政の関係・Z世代の「仕事」の領域・オルタナティブNPOにおける「カリスマリーダー後」の問題等を語った。
加藤さんは、関西におけるNPO起業家の貧弱さ、社会問題認知という点ではNPOは行政に劣ること、ソーシャルイノベーションにおける3つの要点「当事者性」「組織規模」「オープンかクローズドか」について語った。

■次回は、3月にyoutube、6月にミートアップ

休憩後のミートアップでは、3班はこのようなテーマのもと話し合った。
田中グループ「組織とビジョンの共有」
小嶋グループ「NPOとお金」
加藤グループ「NPOと『社会変革』」

3人の発表者が司会も行ない(小嶋さん加藤さん、ありがとう!!)、各グループのミートアップを、以下のような問いにまとめあげた(なお、こうした会の形式は、通常のワークショップ形式に、僕が「臨床哲学」で学んだエッセンスを少し加えている)。

田中グループからの問い「NPOにビジョン/ミッションは必要か」
小嶋グループからの問い「NPOはどのように収入をつくるのか」
加藤グループからの問い「NPOにとって、どこまでが『社会変革の射程』なのか」

いずれも根源的な問いで、簡単に答えの出るものではない。だが、こうした問いを出しあい、共有し、漸進的でもいいから何らかの答えを少しずつ導き出すという作業こそが、NPOの根本的な仕事だろう。
加えて言うと、こうした問いを導き出す補助をし、こうした問いの答えをともに見つけるのが、「中間支援組織」に求められるものだろう。

次回は半年後の6月頃に、今回の問いを受けて、「ミートアップ『シェアNPOと社会』③」(仮)を開催し、これらの問いに対する答えを提案していく予定。
また、3月頃に、ビデオ撮影とyoutube動画を用いて、別の形式でこのようなテーマを追及していきたいとも考えている。★

参加者のFacebook写真から。左田中、右小嶋さん。ギャルソンセーターがだらしなくって僕はお気に入り〜





2013年1月17日木曜日

「笑顔」と“Z”世代

※今週土曜日1/19に迫りました! イベント「3世代NPOと『公共性』〜オルタナティブ、シェア、“Z”世代」
http://www.facebook.com/events/386883714732978/(Facebook中の同イベント案内)
http://toroo4ever.blogspot.jp/2012/12/3npoz.html当ブログでの同イベント案内)

参加者はメール申し込みも含めると20名に到達しています。
当日は、ゲスト発表とミートアップ(話し合い)のあと、最後に簡単な提案をまとめ、ゲストも含めた出席者がそれぞれの媒体(Facebook・Twitter等)で発信していくことを目指します。
僕は、「オルタナティブNPO世代(60才前後)〜シェアNPO世代(35才前後)〜“Z”NPO世代(20代)」の区別をしたあと、最近当ブロクで言及している「NPOとNGOの区別」や「公共性とイノベーション」等について言及する予定です。
当日参加もオッケーです。みなさま、どうぞよろしくお願いします。

♯ ♯ ♯

■公共性とサードセクター

この前の週末、「兵庫NPOユース合宿」という、兵庫県にあるNPOの若手スタッフが集まって学び語り合う合宿があり、僕が講師と招待された。

そこで、最近当ブログでも言及している「公共性」とNPO的サードセクターの関係性について語ったのだが、参加者の発表や意見を通して僕も大切な発見をいくつかすることができた。

最近また日常業務に忙殺されていることもあってブログ執筆時間がつくれないのではあるが(うーん、再び働きすぎ感がただよってきた、あぶない、あぶない)、今回はそうした発見の一つを、以下、ショートブログにまとめてみよう。
逆光のワイキキビーチ。今回のテーマに合いそうな、なんとなくのイメージ写真。
■「笑顔」

前回の記事(企画書を忘れることがイノベーションになる)にも書いたとおり、この頃の僕は、NPOとしてのイノベーションは、行政の委託事業の中でも少し踏ん張れば可能ではないかと思うようになってきた。

それは、事業設計レベルにも起こるし、現場の支援レベルにも起こる。
ふたつのうち、支援レベルのイノベーションが例としてはわかりやすいだろう。

たとえば、“Z”世代(20代)がよく口にする「笑顔」という表現がある(「しんどい方に笑顔を浮かべてほしい」「自分の笑顔で人々を元気づけたい」等々)。

僕のようなひねくれ新人類世代(つまり“X”世代)からすると、彼ら彼女らのように無邪気に「笑顔」を称揚することはとてもできないのだが、“Z”世代はどうやら本気で人間の笑顔の素晴らしさを信じているらしい。
これは、2010年代以降の日本では、若者には当たり前となっていく価値観なのかもしれない。背景に東日本大震災等があると思われるため軽々しく評することはできないのだが、若者たちが笑顔をストレートに信じていることは事実のようだ。

このような「笑顔パワー」について、僕はこの頃、何らかのメニューにつくりあげることはできないかと夢想している(笑顔を題材にしたイベントや支援メニュー等)。たぶんもうすでにたくさんあると思われるが、「笑顔パワー」と、日本社会の青少年問題をもっと有機的につなぐアイデアはないものか。

■つづきは1/19イベントで!!

まあ「笑顔事業」など日本中にあふれているからここで取り上げるほどでもないのだけど、笑顔の肯定性をあえて強調するのが僕の周囲では“Z”世代に多いので、どうも気になる。

おそらく事業化レベルではなく、支援のスタイルのなかに、若者たちの「笑顔」を組み入れていくほうが世の中に受け入れやすいのでは、と思う。
「若者の笑顔」の効果を、もっと言語化できないか。それは、サービス利用者もサービスを提供する側も含む。

そこに、何らかのかたちで「公共性」を絡めることはできないものか(委託事業等のダイレクトなものでもいい)。

笑顔を無邪気に信じることができない僕は、僕自身が笑顔を素直に浮かべることはできないものの、笑顔に癒し癒される若者たちが生きるような仕組みづくりについて、協力したいと思っている。

以上、最後はまとまりのないまま書いてしまいました〜、上記1/19(土)イベントでは、もうちょっときちんとしゃべります〜★

2013年1月12日土曜日

「企画書」を忘れることがイノベーションになる〜『辺境から世界を変える』書評

※1/19イベント「3世代NPOと『公共性』〜オルタナティブ、シェア、“Z”世代」参加者募集中!!
http://www.facebook.com/events/386883714732978/(Facebook中の同イベント案内)
http://toroo4ever.blogspot.jp/2012/12/3npoz.html当ブログでの同イベント案内)

参加者は現在17名!! 目標の20名までもう一息です。
Facebook中心の集客は今回は初めてなだけに、当日キャンセルも続出するのでは、などと強迫観念に迫られているのですが、まあ考えても仕方ない。
開催まであと1週間、よろしくお願いします〜

今回は、主催者のひとり、加藤さんの本を遅まきながらプチ書評してみました。

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『辺境から世界を変える〜ソーシャルビジネスが生み出す「村の起業家」』
加藤徹生著/ダイヤモンド社

■「企画書で決まっているから」

まあプチ書評というよりは、同書を読んでいる間、いくつかのことが偶然にもシンクロし、なんとなく「上段に構えた」イノベーションというよりは「現場からの」イノベーション」がつかめそうになったので、それを書いてみる。

それはなんのことはない、とにかく「現場で粘ってみる」ということだ。

我々は行政の委託事業のなかで、なんとなく流されて仕事してしまうことがある。
それはたとえば、「◯回の講義やワークショップを行なう」という小さな事業であれば、単にその決められた回数のみの講義やワークショップを行なってハイ終わり、といった「流れの中の」仕事を指す。

また、たとえば、「2ヶ月間で8回就労実習体験を行なう」という企画書が通り、それを実際に行なうことがある。
ニートの若者を連れて8回の実習をこなすのであるが、当たり前だが9回目の実習は行なわない。
それがどんなに順調に進んでいたとしても、また9回目を行なうことで新しい展開(若者の成長や実習先とのより深まる関係性)が見えていたとしても、たいていは企画書通りの8回で終了する。

ほかにたとえば、大学中退予防事業のなかで、5回のキャリアカウンセリングを行なうという事業があるとする。
そのなかでよくあることだが、4回目まではクライエントの学生と関係は深まらなかったものの5回目のラストで「本音」が飛び出したりする。
が、よほどのことがない限り、事業執行者(つまり我々NPO)は、契約通りの5回でそのカウンセリングを終了する。

なぜそれらの事業を終了するのか。
それはつまり、「企画書で決まっている回数」だからだ。

■ルーティンに苦悩するツィート

僕はつい最近まで、このような「企画書で決まっていること」は仕方ないと諦めていた。が、諦めないスタッフが(プラッツには)おり、時々彼らと議論になる。

その議論の中身というよりは、このような企画書をはみ出て「深く粘る」発想こそが何かを生むのでは、とこの頃よく考える。

あるTwitterの書き込みで、「毎年同じ事業が行なわれ、それほど成果もなく同じように終わっていくことの虚しさ」について書かれていた。
これが僕であれば、「まあ企画書で決まっていることだから仕方ない」とあっさり諦めているところだ。
が、そのそのツィートは毎年のルーティンに苦悩し、何かできないかと自答している。

そんな自問自答に対して、つい最近まで(正直に言うと一昨日まで)僕は、「企画書でそうなっているんだから仕方ないじゃないか」と思っていた。
けれども、本書『辺境から世界を変える』のこんな言葉を読んで、何かが呼び覚まされた気がしている。

「セルコ社の目的は市場を深く、さらに深く耕していくことだ」「より貧しい人々の生活に貢献するには、彼らをより深く知るしかない」(p18)
「丁寧な提案を行ない、彼らの生活の課題を聞き出し、それに応じた価値ある提案を1つずつ行なっていく」(p16)

■きちんと向き合うことがイノベーションになる

本書の白眉は、5章「イノベーションを通じて貧困の連鎖を断ち切る」であり、そこでの4つの「業界のデザイン」戦略(①スケールアウト型の展開、②情報技術を武器に業界の構造を逆転する、③アライアンス、④技術革新)だろう。

5章だけ立ち読みすれば本書のエッセンスは吸収できる。が、本書の読みどころは4章までの丁寧なルポルタージュにあると思う。
そのルポの中に、我々にとってのヒントがたくさん眠っている。

僕は単純だが、「現場で『深く掘っていくこと』がイノベーションに直結する」ということを発見した。
イノベーションは何も新製品を開発することだけではない。誰もが「企画書」に縛られ諦めていることにあえてこだわり、「丁寧な提案を行ない」「課題を聞き出し、それに応じた価値ある提案を1つずつ行なっていく」ことが大きなイノベーションとなる。

それであれば、多額の費用をかけて新製品を開発する必要はない。
つまりは、目の前で困っている人にきちんと向き合えば(多少の団体持ち出しコストが一時的にかかるかもしれないが)、それが立派なイノベーションとなり、利用者の幸福にもつながっていくのではないか。

変な言い方だが、「企画書」を時に忘れると、それがイノベーションになるということだ。★






2013年1月6日日曜日

PとG〜アメリカ型とヨーロッパ型の“公共性”

※1/19イベント「3世代NPOと『公共性』〜オルタナティブ、シェア、“Z”世代」参加者募集中!!
http://www.facebook.com/events/386883714732978/(Facebook中の同イベント案内)
http://toroo4ever.blogspot.jp/2012/12/3npoz.html(当ブログでの同イベント案内)
1月6日現在、講師も含めて参加予定は14名!! 十〜分、広い会議室ですので、1月のお忙しい土曜日だとは存じますが、下記ブログ記事などに興味を抱かれた方はどうぞご参加ください。
3人(田中・小嶋・加藤)の発表のあと、参加者も含めてミートアップ(ざっくばらんな語り合い)します。
オルタナティブ世代(60才前後)・シェア世代(35才前後)・“Z”世代(20代)という「世代」で区別する縦軸と、前回のブログでのイベント案内(行政の事業・寄付・中間支援等)や今回のブログで言及するPとGの「公共性」で区別する横軸を重ねあわせれば、2010年代以降の「公共的」ムーブメントの具体像が表れてくる、そんな気がしてきました。

グラフをつくってはりつけるのがめんどくさいので、以下に罫線でそれらしくつくってみると(ズレずにうまくいくかな)……。


                      公共性A(行政・寄付・中間支援)  公共性B(PとG)
            ——————————————————————————
   ・オルタナティブ │
世代 ・シェア     │     どう組み合わせるか?
   ・“Z”        │


♯ ♯ ♯

■2つの公共性〜Non-ProfitとNon-Government

『日本語の宿命』薬師院仁志/光文社新書
「社会」や「市民」等の邦訳された用語を、日本語の特性と絡めながら解説。
7章にNPOとNGOのわかりやすい解説あり。
いろんな本を探したが、いまのところこの7章が一番わかりやすかった。
ということで、どんどんイベント案内が大きくなっている当ブログだが、1/19まではお許しください〜。Facebook(僕の「友達」は500人程度)とこのブログ(更新日は500アクセス、ふだんは250アクセス程度)だけで、しかも参加者に直接利害の及ばないメタ的テーマで、どれだけ集客できるかの実験でもあるんですね。

あら、案内だけでブログ限界文字量(読者が一ブログに立ち止まることのできる文字数は、上限2000字程度だと僕は思っている)半分を占めてしまったので大急ぎで以下書いてみよう。

今回のタイトルにあるPとGとは、「NPO」と「NGO」のそれぞれのPとGで、それらは当然、ProfitとGovernmentのPとGということになる。
この2つの区別が僕はわかっているようでわかっていなくて、ずっともやもやしてきた。が、今回とりあげている『日本語の宿命』を読んで、やっとすっきりした。なるほど、NPOとはアメリカ型「公共サービスの補完」で、NGOとはヨーロッパ型「公的サービスの創造」なんですね!!

■Pはアメリカ、Gはヨーロッパ

超簡潔に説明すると、時に小さな政府を標榜する(主に共和党政権時)アメリカでは、不足する公的サービス(福祉・教育等)を地域コミュニティが伝統的に補ってきた。
それらは当然営利組織ではなく、行政組織そのものでもなく、しいていうなら「非営利Non-Profit」と言うしかない組織。Non-Profitな組織が、つまりは行政の足りない部分を肩代わりしているんですね。

これに対してヨーロッパでは、伝統的に行政とは公的サービスをすべて行なう組織体であって、それはNPOが補完するものではなく行政自身が拡充することを目指す(あくまで理念的レベルの話です)。
が、当然のことながら、行政サービスでけでは人は物足りない。旅行や趣味等、幅広いジャンルで人は興味や欲求を抱く。

こうしたジャンルには行政サービスは立ち入る必要性がなく、かといって営利企業が提供するサービスだけでは資金的・内容的に物足りないものもある(たとえば高齢者対象の低料金での「個人的思い出確認の旅行サービス」等〜そういう意味では、1/19主催者の一人NPO法人「しゃらく」理事小嶋さんのところのサービスなどは、理念的にはNGO的なわけです)。
こうしたジャンルを対象とするのがNGOだ。

近年では、環境・貧困・反戦等、一政府や各国間のパワーバランスに振り回される国際機関だけでは解決が難しい社会問題をNGOが担っているため(「国境なき医師団」等)、その意味合いが逆に曖昧になってしまったが(だから僕も長年理解できなかった)、元々は、政府が担うべきではなくかといって企業では採算が取れない分野を担うのがNGOだった。

ちなみに上記NGOの「公的サービスの創造」という言葉は僕の造語だからご注意ください。『日本語の宿命』にはぴったりくるコピーがなかったので仕方なくつくった次第。

■サードセクター

現在の社会貢献セクターでは、NPO的理念もNGO的理念も混在しているように僕には見える。
日本語に「第三セクター」という曖昧な用語さえなければ、NPOとNGOを一括りにして「サードセクター」にしてしまってもいいように思ったりするが(Wikipediaにもそう書いてた)、たぶんすでに遅い。

サードセクター的動きとして、Non-ProfitとNon-Governmentの2種類があり、現在の日本のNPOはこの2つを自分たちで明確に区分しないまま活動している。
が、財政的事情(委託事業の獲得しやすさ)から多くはNP系(公的サービスの補完)の活動であり、それは言葉は悪いが「福祉ゼネコン」「教育ゼネコン」であるともいえる。
まあゼネコンがなくては何も建設できませんから、それ自体は悪いわけではない。安易な予算の使用チェックという点で、それらは厳重な監視が必要なだけだ。

ここに世代的区別を絡めて、上記マトリックスをどう埋めていくか。当事者(ここでは NPO経営者&理事&事務局)の高い意識が求められる。★









2013年1月1日火曜日

地雷~父と母にとっての最初のステップ

★お知らせ★「3世代NPOと『公共性』~オルタナティブ、シェア、“Z”世代」(1/19、デザインクリエィティブセンター神戸)参加者募集!!
開催日まで当ブログ冒頭で申し込み状況を報告していきますね。またその状況は、Facebookのイベントページで検索していただければすぐに見つけることができます(たぶん、田中ほかの「友だち」になる必要がないので気楽)。

ちなみにこの3日間で1名のお申し込みがありました(ありがとうございます~)。ミートアップというイベントの性格上、youtube発信するとはいえ、20名はほしいところ。こうしてネットで報告していくというのも、実験的な当イベントならではですね。

さて、今回のイベントの意味が僕にもうすうすわかってきました(今頃!!)。

「公共性」のウラには、以下のテーマが潜んでいます。
①公共性と行政/委託事業 ②公共性と寄付 ③公共性と中間支援 ④公共性と民間/株式会社との連携

特に①と②は重要でしょう。ご関心ある方は、12/23の当ブログ「3世代NPOと“公共性”」でも場所等をご確認のうえ、淡路プラッツメール(awajiplatz@gmail.com)かtanakatosihide@facebook.comまでお申し込みください。参加費500円。みなさま、どうぞよろしくお願いします。


♯ ♯ ♯

■2013年は「地雷」論と「変な大人」論で!!


みなさま、あけましておめでとうございます。
今年も淡路プラッツと当ブログをよろしくお願いしますね。

さて、年が明けてのブログ第一弾は、昨年12月に茨木プラッツで行なった僕の講演から、「地雷」について説明した部分を動画で紹介する。



地雷①3つの地雷(仕事・親の健康・同級生)についてまず説明

ひきこもり青少年にとっての「地雷」とは、彼ら彼女らが触れてほしくない話題のことで、具体的には、拙著『ひきこもりから家族を考える』(岩波ブックレット『ひきこもりから家族を考える』)やビデオ①で説明しているように、「仕事・将来」と「親の健康」の2つに分かれる。
またビデオ①では、これに加えて当事者の「同級生」も提案している。

この地雷議論、これまで4年以上、何回も何回も語っているがまったく飽きられず、北は北海道から南は沖縄まで、どこで語っても聴衆の食いつきのいいテーマだ。
個人的には何となく飽きてしまったテーマではあるものの、それは僕の勝手な都合であって、引き続き現れ続けるひきこもり当事者の親御さんにとっては、今もたぶんこれからも新鮮な議論だろう。

この、これからもアクチュアルなテーマである「地雷」議論、前回の「変な大人」議論とともに、2013年はよりかたちにしていかなければならないだろうということで、今年最初のテーマに持ってきた(どちらもかなりマニアックですが)。
2013年は、保護者向けには今回の「地雷」論、支援者向けには前回の「変な大人」論を、より一般向けのテクストにまとめていく時期が来たと思っている。

■親とは地雷を踏んでしまうもの


地雷②父はなぜ地雷を踏むのか~父のアイデンティティは「仕事」

地雷③母は無意識的に地雷を踏む

上のビデオ②では「父と地雷」について、ビデオ③では「母と地雷」について語っている。

いずれも4分そこそこの動画だが、動画を4分見るのは結構興味と集中力を必要とするので、どちらにしろ画像自体はiPhoneの遠めの固定画像だから、音だけ流していただければ幸いです。

この日、僕の講演の後、パネラーとのディスカッションに移ってから実は相当興味深い議論が巻き起こった。
それは、「そもそも親とは地雷を踏んでしまう存在であり、親に地雷を踏むなといっても無理。だからその対処法を考えることから始めましょう」という提言だった(パネラーの上田幸子さん〈ひきこもり家族支援ネット〉)。

僕も実はこの頃は上田さんのおっしゃる線で考え始めている。その、「地雷を踏むことを前提とした『親の動き方』」を提言することも、2013年のテーマになるだろう。★