2013年2月27日水曜日

ルサンチマンのない格差社会、日本〜書評『絶望の国の幸福な若者たち』古市憲寿・講談社

★3/16イベント「NPOユースカフェ」@クレオ大阪中央(詳しい情報はここ)、参加者募集中、目指せ二桁!!

■iPadの読書……

春からの仕事で必要があり、少し前に話題になった古市憲寿『絶望の国の幸福な若者たち』を遅まきながら読んでいる。
読んでいる、というのはまだ完読していないからで、告白すると1章の途中と結論部分の6章を読んだだけだ。

若いのにたいしたもんだ。でも、哲学用語使えば一言で済んだのに。


というのも、iPadでの完読体験に挑戦すべく本書をネット経由でゲットしたものの、他のネット経由本(ジョブズものとか)と同じく、どうも集中して読書できない。

文字を大きくしたり縦にしたり横にしたりアンダーラインを引いたり四角枠で囲んだりと、すべて自由なのだが、目次に戻るのがめんどくさかったりアンダーラインを引いた箇所を探すのに手間取ったりと、なんとな〜く「ややこしいなあ」と思っているうちに徐々に開かなくなった。

まあそんな言い訳はさておき、今読んでいる箇所だけで簡単に同書を語っておくと、やっと出てきてくれたよ、「希望」を語らず「幸福」を語る本が!! というのが僕の一言感想です。

■ルサンチマン臭いぞ〜

現代の若者論にはたくさん「希望」という言葉があふれているが(すみません〜、玄田先生!!)、希望という言葉はシンプルで美しいものの、実はめんどくさ〜いメカニズムもここには隠されている。
つまりは、例の「ルサンチマン」臭がプンプンただよう言葉なのだ、「希望」は。

希望を熱く語った瞬間、それは同時に「今現在に満足していない」ということを告白していることになる。今に満足していないからこそ、未来に希望というご馳走を用意し、言葉は悪いがそのご馳走で人々を「釣る」。
よく比喩で出されるイソップ童話「狐とぶどう」で言うと、頭上にあるおいしそうなぶどうをどうやってもゲットできない狐は、そのぶどうをあえて「あれは酸っぱい」と思うことによってその欲望を抑える。

ぶどうをどうジャンプしてもゲットできないことを悟った狐は、あえてそのおいしそうなぶどうを酸っぱいと思い込むことでぶどうへの欲望を抑える。この、「おいしい→酸っぱい」という価値転換がニーチェのいう「ルサンチマン」だ。

現代の若者論に含まれる「希望」は、この酸っぱさに価値転換する寸前のぶどうによく似ており、社会体験の挫折を繰り返すことで、この希望は容易に絶望や憎悪へと転換する。
希望が絶望に変化すると、同時に、現在の絶望する自分を否定し始める、人は。

だからそうした否定感たっぷりの自分にたどりつかないための防衛策として「ルサンチマン」は発動し、たとえば「正社員」的生き方に対して、過労死等を持ちだしてそれまで「希望」的スタイルであった正社員を否定する。
ぶどうは甘くはなくすっぱいのだと価値転換するように、正社員は希望ではなく絶望なのだと価値転換する。

「希望」を持ち出すとそのウラにはこのような罠が待ち受けており、挫折の連続がルサンチマンを簡単に発動させ、現在の自己否定を生み出す。
「希望」的価値は、現代の最大の罠だと僕は思っている。

■幸福の世界を見つけた若者たち

同書では現代中国も持ちだして、格差社会化した我が国において、狐にとってのぶどうのような「上」を見ず、小さなコミュニティのなかでそれなりの幸福を追求しているのが、現代日本社会の「若者」だとする。たとえばこんな文章。

 経済成長の恩恵を受けられた世代を「自分とは違う」とみなし、勝手に自分たちで身の丈にあった幸せを見つけ、仲間たちと村々している。何かを勝ち得て自分を着飾るような時代と見切りをつけて、小さなコミュニティ内のささやかな相互承認とともに生きていく。(p257)

一見、ぶどうをおいしそうとは思わず酸っぱいんだと価値転換している作業をしているように思ってしまうが、ここには「ぶどう」そのものがない。
つまり、「希望」がそもそもない。
希望という価値を最初から価値として取り入れず、「村々」した仲間たちとの世界のなかで相互承認し、「幸せ」を見つける。

「村々」の外にあるであろう「希望」はそもそもここにはない。あるのはただ、みのまわりの小さな「幸福」だ。ここでは「希望→幸福」という図式ではなく、ただ単にそこに「幸福」があるという価値なのだ。

「希望」の反対は「絶望」である。「幸福」の反対は当然「不幸」だ。この本のタイトルには相当巧妙な仕掛けがなされていて、本来つながりの薄い「絶望」と「幸福」をわざとらしくつなげている。
絶望/希望はルサンチマン(自己否定)を導く危険タームであるが、「幸福」には不幸とは別の「肯定」へとたどり着ける道が用意されており、否定を遠ざけることができる。

「絶望の国の幸福な若者たち」は、あえて意味を端折ったタイトルだ。たぶん正確には、「絶望や希望というルサンチマンの罠を見限り、幸福の世界を見つけた若者たち」というタイトルが正解だろう。

おもしろいのは、この「若者」たちが実は日本国民全員を指すのでは、という最終章の示唆なのだが、この続きは近々!!★




2013年2月19日火曜日

ひきこもり問題とは日本のグローバル化のウラ問題だろう?


■若者問題は経済問題

最近経済問題を読むのがめんどくさかったが、池田信夫さんのこのブログ(http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51843303.html)などを読んでいると、日本の雇用状況は激しく世界と連動していることが理解できる。
同ブログでは、日本の場合は雇用維持のため賃下げに走り、デフレが続いて世代間格差が継続しているとし、アメリカの場合は逆に、賃上げ→失業→インフレ→垂直格差の拡大になるとのこと。

僕は告白すると最初の大学(龍谷大学)は経済学部で、まったくのダメ学生ながらマネタリズムを卒論にしたのだが、昔も今も経済はほとんどわからない。
でも、経済と社会と人々の生活がきちんと連動していることは、難しい経済理論が理解できなくても想像はできる。

だから日本に起こっている若者問題は、これはきっと経済問題のせいだろうとずっと思っている。
単純に、グローバル化→第2次産業の越境現象/第3次産業しか国内に残らない→同時に正規雇用の減少と非正規雇用の増加→けれども中高年世代の固定化→すると若者世代の一層の流動化→よほど「スキル」のない若者は現代日本では生き残れない、みたいな図式で単純に捉えているのだが、それほど間違ってはいないと今も思っている。

■世界の一地域の一現象

ややこしいのは、「ひきこもり」の問題が同時に出てきたことだった。
ひきこもり問題は、社会学や哲学までをも巻き込んでしまう結構奥深い問題で、現代的「家族」のあり方、「他者/自己」の問題等、考え出したらキリがないほどおもしろい(不謹慎ですみません)問題を内包している。

また、経済学にしても、たとえば生活保護のシステム問題やベーシック・インカムの問題等、わりとラディカルな問題をも内包してしまう。
それを論じる論者も、斎藤環さんのような精神科医や芹沢俊介さんのような教育評論家、ほかにもたくさんたくさん、「ひきこもり」はいろんな論者を巻き込んできた。

また、僕のような支援業界の端っこにいるような者までが好き勝手なことを書いたり発言してきた。
そして、僕のようなテキトーな人以外にも、各地の「現場」で一生懸命に支援している人たちも、それぞれの自分の言葉でひきこもりを語ってきた。

「ひきこもり」とは、それほど射程の広い問題だった。
だからこそ、逆説的ではあるが、「(ひきこもりも含む)若者の問題は、そのベースにグローバル経済の問題がある」というアタリマエのことを見逃してきたと思う。

ここ20年、日本を含む世界の経済構造が根本的に変化したからこそ、それぞれの国で若者たちの「社会化」のかたちがドラスティックに変化してきた。
その一バリエーションとして、東アジアの一地域と、おそらく地中海エリアでは「社会参加できない若者たちが家庭に踏みとどまる」という現象が起こった。

■暴力的カテゴライズ

おそらく、中国と東南アジアの一部エリアでも、これから10年以内には「社会参加できない若者たちが家庭に踏みとどまる」という現象が起こるだろう。
その一部は精神的に不安定さを抱え、「ひきこもり」や「人格障害」と呼ばれるかもしれない。

また、統計的に捉えきれない若者層に対して、経済学的には「NEET」といったカテゴリーがなされるかもしれない。
また、第3次産業中心の経済の中でなかなか社会化できない一部の若者層には、「発達障害」などという、割と強引な(暴力的な)カテゴライズがなされるかもしれない。

我々は、そのような、グローバリゼーションと一言で表現しても間違いはないだろう世界の流れの中の、最初の20年ほどを過ごしている。
そういえば、超高速高齢化現象も同時に起きていた!!
その大変動のなかで、最も被害を被っている層、それが若者層であり、僕としては、ひきこもりやニートや発達障害の問題とは、グローバリゼーションのウラ問題であるという基本的で単純な視点を、繰り返し訴えていってももういいんじゃないかと思う。

上のようなこと、すでに当たり前すぎて、細かい例証なんていらないんじゃないか。★

原稿とは関係ないが、広島市郊外の団地群。
哲学者になる@広島で。



2013年2月17日日曜日

行政でもマーケットでもない3rd/0セクター〜哲学者になる@広島

◯ブレ「ドーナツトーク」イベント、「NPOユースカフェ」(3/16、クレオ大阪中央)(http://toroo4ever.blogspot.jp/2013/02/316office.html)、同種のイベントだった「シェアNPO」と同じく、今回も集客に苦戦しております〜。
同時期の「となりカフェ」ミニシンポジウム(http://awajiplatz.web.fc2.com/tonaricafe.mini.sinpo.html)は絶好調なのですが、やはりメタ要素が強くテーマ性が希薄な「NPOユースカフェ」的集まりは、実際身体を動かしてまで集まるというモチベーションにはなかなかつながりませんねぇ。
◯ブログではなかなか伝えきれない僕の4月からの動きというか「野望」をお伝えする会でもあるので、ご関心ある方は(いないか……)どうぞよろしくお願いします〜。年齢制限も「タテマエ」ということで、老若男女よろしくお願いします〜
◯ご参加は、Facebookでメールいただくか、tanakatosihide@gmqil.comへ。



■やっとまとめてご紹介

みなさま、お待たせしました!!(って、待ってましたよね?)
2月3日、広島の原爆ドーム前で行なわれた、「哲学者になる@広島」を、やっと当ブログでまとめてご報告する余裕が僕の日常に生まれ始めたので、ここに3本分、一挙25分の映像をお届けする。

読者のみなさんもそうだとは思うが、ネットで動画を見るのは、僕はだいたい2分で限界だ。
この頃は気の向くままに(まあ「空白の70年代研究〈アンチ権力=60年代と消費社会の萌芽=80年代の狭間という意味で〉」という意図はあるものの)youtubeで欧米のロック動画をアップしているが、ボウイにしろルー・リードにしろリンダ・ロンシュタットにしろマービン・ゲイにしろ、実は2分くらい見てこりゃいいなあと思いとりあえずアップして、全部見るのはアップしたあとだったりする。

だから……、おっと、能書きを垂れている間にもうブログスペースを埋めてしまっている。
とりあえずまずは、動画をyoutubeから引っ張ってこよう。
うまくリンクできない場合、youtubeを開いて「哲学者になる@広島」を検索してもらうと、同じものを(ついでに当ブログで僕が撮ったものすべても〈「哲学者になる」以外も〉)見ることができる。

まずは1本目。
僕から、「行政」でもない「マーケット」でもない、
「サードセクター」を説明している。



2本目。ゼロセクターや3以上=nセクターの提案。

「表現」「発信」の重要性。やはりここでもか。


■潜在性が結晶化した動き

というわけで、以上3本を通しで見ていただいた方はありがとうございます。
僕もあらためてさっき通しでがんばって見たのだが、手前味噌ながら、実はこの形式、と今回の「作品」の内容、かなりの優れものではないか!!

原爆ドームという、いわば何か「失われたもの」を内包しながら現在も立ち続けているモニュメントを背景に語ったというのも象徴的だ。
ここで登場した人々、背景の風景、すべてが「潜在的ムーブメント」であり、この2月3日に(大阪から来た菊地さんと僕という存在も含めて)、おろしろいかたちで顕在化し、結晶化したような。

僕自身の4月以降の動き方への参考も含めて、多くのことを学んだ「哲学者になる@広島」でした。
次回はおそらく、4月か5月に岡山・後楽園付近で行ないます!! 今回出た、0or3or「n」セクターの話題がどう展開するか。★


2013年2月12日火曜日

空っぽの真ん中を埋めるもの


■「おかえり!」

2000年5月に淡路プラッツの初代塾長・蓮井学さんが病気のため49才で亡くなり、当時のスタッフは大学を出たばかりの井村良英君(現・たちかわ若者サポートステーション所長/NPO法人「育て上げ」ネット地域担当部長)だけとなったので、僕がヘルプで淡路プラッツに入ることになった。

フリッパーズギター「ラブ&ドリームふたたび」

そのとき僕は「ドーナツトーク社」という個人事務所を開業していて、主として不登校(あるいはハイティーンのひきこもり)対象の訪問支援活動を行なっていた。
月〜土まで、多い時で週10人は訪問しており、大阪府池田市に古い事務所を構えていた。

ドーナツトーク社は、不登校関係の支援者育成セミナーを開いたり、「学校に行かなければいけないのか」といった哲学的倫理的テーマの勉強会なども主催していた(この勉強会が朝日新聞にとりあげられたことが、僕が大阪大学の「臨床哲学」で本格的に哲学を学ぼうと思ったきっかけにもなった)。

今回淡路プラッツから独立する趣旨を知った人たちがいろいろなルートで僕に連絡をくれているのだが、2000年前後のそうしたいきさつを知っている人は全員、僕の独立を讃えてくれた。
いろいろな表現ではあるが、全体的には「おかえり!」的なニュアンスが大きく、そうした人たちにとっては、どうやら淡路プラッツでの僕は、僕が持っている可能性のひとつであったらしい。
昔の知り合いにとって、プラッツにいる間の僕とは、他の可能性を一時的に控えている僕のように映っているらしかった。

それが事実かどうかはもはや僕にはわからない。それだけ、この10年、僕は「淡路プラッツ」という居場所にべったり浸かってきたのであり、プラッツ=居場所=自分だったから。

■いろいろな「トーク」

けれども、先週からプラッツが自分の中で徐々に相対化・背景化し始め、13年前にプラッツに入り同時に大阪大学の臨床哲学に入り鬼のように勉強したことなどが一気に思い出されてきた今、その前の「ドーナツトーク社」において、何をやろうとしていて何が中途半端に終わっていたのかもゆっくりと思い出しつつある。

今回僕は、4月から「officeドーナツトーク」という名前で仕事を始めるつもりだが、このドーナツトークという言葉は、フリッパーズギターの「ラブ&ドリームふたたび」という曲の中にさりげなく出てくる言葉だ。それはこんな文脈の中で唐突に現れる。

 バレードのトロンボーンと 撃つためのドライフルーツ
 あやふやで見栄ばかりはる 僕たちのドーナツトーク
 髪を長く伸ばしてみて 元には戻らないと知るはず
 意味のない言葉を繰り返すだろう 向こうの見えない花束のよう

小沢健二がどこかで語っているように、歌詞そのものに意味を与えないそのパフォーマンスそのもので、我々の「コミュニケーションのはかなさ」を滲み出させる手法は見事で、当時のフリッパーズファンはこの曲に誰もがガツンとやられたはずだ。

でもまあ、この曲そのものよりも、ドーナツトークという単語が換気するイメージに僕は何よりも惹かれた。ドーナツという輪っかでつながりながらも、その真中は空虚である。そこを人は「トーク」という方法で埋めようとするものの、それはトークにしかすぎないから、あやふやで意味がないことだらけだ。

それでも我々にとっては「トーク」が最大の手法であることは認めざるをえない。そこにはいろいろなトークがあるだろう。雑談、会議、カウンセリング、コンサルティング、居場所でのおしゃべり、愛の語らい、カフェ、ワークショップ、セミナー、講演……。

■「言いたいこと」は伝わらないから

デリダが『グラマトロジー』の中で指摘するように、言葉は我々にとって根源的「暴力」であるものの(言語による意味付け作業が混沌的自然を縮約してしまう=自然を歪めるという意味での暴力)、この根源的暴力なしでは我々人間はコミュニケーションできず、あるいは「夜の暴力」(デリダ)である物理的暴力を招き入れてしまう可能性を生じさせる。

記号化作用も含めた大きな意味での言葉なしでは、我々はコミュニケーションできない。だがそのコミュニケーションは常にスレ違いずれていく。これまたデリダあるいは東浩紀ではないが、コミュニケーションとは常に「誤配」し、その意味を「散種」していくものなのだ。
つまりは、「言いたいこと」や「伝えたいこと」は、いつも正確には伝わらない。その、必ず伝わらず誤解されるということが、言語的コミュニケーションのそもそもの定義だ。

ドーナツトークという単語は、僕にとって、このような広がりをもつ言葉だ。だから今回プラッツからフリーになり49才(蓮井学さんの亡くなった年齢だ)で再出発する際、ためらいなくこの言葉をもう一度使おうと思った。

このようなことは、13年前には恥ずかしくてストレートに語ることができなかった。わかる人だけわかればいいという上から目線でいた僕なのだが、今回はもういい加減年もとったし、そもそもこのようなことを正面から語る大人が現在圧倒的に少なくなった。
信念や理念で行動する大人がいるということを(恥ずかしいけれども)若い人たちに知ってほしいという意味でも、僕はこれからはこのようなことを丁寧に語っていこうと思っている。★

参考 4月からフリーになります!! 
   3/16はドーナツトークのプレイベントで

  ♫ ♫ ♫

小出しですみません!! 「哲学者になる@広島」3本目。
ここがハイライトです(次回ブログか、次々回にはまとめます〜)


2013年2月9日土曜日

3/16はofficeドーナツトークのプレイベント&カフェフィロとの共催で


■近々離れます〜

前回の僕のフリー宣言ブログの反響は大きく、ここ数日はその対応に追われていた。
当ブログも、4月からスタートする「officeドーナツトーク」の準備を受け、近々淡路プラッツHPとのリンクから離れることになる。
それに伴い、長らく愛用してきたGoogleブログの動的ビューレイアウトを変えて、シンプルなものに戻してみた。現在ブランディング中で、今は、この背景色でいこうかな〜と思っている。

また、以前お知らせしたイベント「NPOユースカフェ」は、officeドーナツトークのプレイベント+カフェフィロイベントになることになったので、今回は前のお知らせ文章を少し訂正し、それを下に貼り付けてみよう。

■3/16イベントはカフェフィロとの共催プレイベント

officeドーナツトーク
(っていう感じのロゴで)

2010年代になり、会社でもなく行政でもない、社会貢献活動を行なう「サードセクター」(NPO・NG0・一般社団・株式会社等々)の位置づけは益々重要なものになってきています。

この「NPOユースカフェ」は、それらサードセクターの若手スタッフを対象に、「カフェ」やワークショップの形式を使って持続的に育成・研修していくものです。「ユース」は、若手スタッフと、青少年ジャンルのふたつの意味を持ちます。

またこの「NPOユースカフェ」は、2013年4月よりスタートの「officeドーナツトーク」のプレイベントも兼ねています。さらに、大阪大学「臨床哲学」から発足したカフェフィロとの共同主催でもあります。

今回は、シンプルだけども大人も子どももなぜか話しやすくなる「魔法のボール」コミュニティボールを用いてのワークです。みなさんもこの魔法のボールを使って、NPOにとっての「公共性」や、日々の活動を違う角度から見つめなおしてみませんか。ここで気づいたことがみなさんの日々の職場に反映されることを願いつつ。(田中俊英)

■日時……3/16(土)14:00〜17:00
■場所……クレオ大阪中央http://www.creo-osaka.or.jp/chuou/index.html

■対象……関西にあるNPOスタッフ(ジャンルは問いません)、その他NGO・一般社団法人・株式会社等、社会貢献を指向する「サードセクター」のスタッフ、それらの団体に関わる学生・ボランティア等。おおむね40才頃まで。
■定員……15名■参加費(材料費ほかに充当します)1000円

■進行……松川絵理(カフェフィロ/大阪大学コミュケーションデザインセンター特任研究員)、コーディネーター……田中俊英 
■主催……カフェフィロ、officeドーナツトーク
■内容 「コミュニティボール」をつかってのワークショップ

■お申し込みは、Facebookで参加ボタンをしていただくか、office.donutstalk@gmail.comへ



■哲学者になる@広島、本編の始まり〜

また、今回の「フリー宣言」記事の煽りを受けてすっかり後回しになってしまった「哲学者になる@広島」だが(広島のみなさん、すみません〜)、前回の予告編を受けて、今回は本編の冒頭部分をyoutubeにアップし、下にリンクしてみた。

うーん、小出しの紹介はなんとも不本意だが、新鮮度が命の「哲学者になる」のため、ご容赦ください。
近々、「哲学者になる@広島」編をまとめてアップしていきます〜

再び主催者より説明のあと、いよいよ広島のディープな方々が語り始める!!











2013年2月5日火曜日

4月からフリーになります!!


■広島の前に……

2/3〜4と広島を訪ねた。「哲学者になる」の2回目のiPhone収録を行なうためだ(1回目「哲学者になる」はここ参照→http://toroo4ever.blogspot.jp/2012/11/blog-post.html)。
広島で語る田中。
原爆ドームは残念ながらカメラの後ろ。

今回残念ながら、メンバーの1人・大北さん(大阪大学「臨床哲学」教員)はインフルエンザで欠席したものの、菊地さん(大学スーパー非常勤講師)と僕とで出かけ、広島の個性的な方々(大学教員・フリーダンサー・ドキュメント映像作家・ノンフィクションライター等々)とともに、主として「NPO等のサードセクターの限界と、『フォースセクター』の可能性」について語った。

で、前回記事や、今回の記事一番下の予告youtube動画でもなんとなくほのめかされているように、4月から僕の立場が変わることになった。今回はその報告を簡単にし、「哲学者になる@広島」に関しては、次回以降、小出しに紹介していくことにしよう(原爆ドーム前で8人が語ったため盛り上がり、収録時間が長くなったため、編集に時間がかかるということもある)。

■フリー宣言

タイトルにあるように、4月から僕はフリーになります。理由は単純です。
つまりは「過酷な代表業に脳出血後の身体がそろそろついていけなくなった+50代を自分のテーマにより近いかたちで過ごしたい」ということです。

僕は2010年8月の脳出血までは「プレイングマネージャー」(現場も経営も)であり、病後はほぼ代表業だけを行なってきた。
現場の面談や居場所仕事がなくなったからこりゃ楽になるわと思っていたのだが、まったくそうではなく、ミッションと行動指針の再確認、各戦略(全体+コーポレート機能別〈人事・財務・広報等〉+各事業)策定+次年度に向けてのアドボカシー+外部機関(行政・民間・大学)との人脈づくり等々、面談(支援)仕事はないはずなのに、きちんとNPO経営に向きあうと(病気までは流されるままでした)、これでもかというほどやることが出てくる。

加えて、昨年は3回連続20周年記念シンポジウムやそれをきっかけとした組織・経営改革にもとりかかり(残念ながら道半ばですが)、気づけば最近は、また以前のように頭がフラフラすることが多くなっていた。

決定打は、関係ないかもしれないけれども長年のファンであった大島渚が亡くなった際、彼は1度目の脳卒中の後は回復して『ご法度』を撮ったものの、ハードワークがたたってロンドンの空港で再び倒れたという記事を読んだことだった。1回目の卒中から3年後だったという。
御存知の通り彼はその後、小山明子さんの介護もあって17年間見事に生き切ったものの、重い障害が残った中での晩年となった。

そうやって生き切った大島さんを僕は尊敬するのであるが、2回目を予防できるものであれば予防したい。

■「officeドーナツトーク」を4月から

僕にとっての最大の再発予防は、「ストレスを軽減すること」につきる。それはつまり、上に書いたように見えにくいが超多忙である(事業型を標榜する)NPO代表職をいったんおりて、「組織」ではなく再び「個人」として働くことだ。
個人としてであれば、多少忙しくなっても、自分で仕事をセーブすることができる。組織の代表とは忙しさの質が違うのだ(これについては別記事で考察します)。

個人に戻れれば(ちなみに僕は20代の「さいろ社」起業のあと、「ドーナツトーク社」という個人事務所を開業していました→2000年5月淡路プラッツ初代塾長・蓮井学さんの急死によりドーナツトーク社を休眠させてプラッツ再興を手伝い、02年に代表に就任)、おそらく再発は予防でき、また現在行なっている活動を濃縮して続けることができる。

新事務所名は、「officeドーナツトーク」を予定している。ドーナツトーク社再興ですね。
これから当ブログ(このブログは4月以降も継続するがタイトルが変わる)でofficeドーナツトークの内容をお知らせしていくが(もちろんプラッツの宣伝も忘れません〜)、いま決めていることだけ羅列すると(ミッションや行動指針は飛ばします)……。

■officeドーナツトークの4つの事業

officeドーナツトークの事業は以下の4つを予定している。
①青少年支援コンサルティング事業……訪問や面談スキルを内部セミナーやコンサルティングでサードセクター・行政・教育・福祉関係者に伝えていく。

②啓発事業 
 小規模な一般向け講演会の主催、発達障害やひきこもり等の支援スキルワークのセミナー主催、研究会主催、また「NPOユースネット」(3/16に開催する初回をプレイベントとします)、「アジアとひきこもり研究」(これはまだ構想段階)や「哲学者になる」(抽象的になるが大事な観点)等の、お金にはならないけれども僕の得意な先進的分野を提示していく。
 スピーカーとしては、今までどおり、お声がけしていただいたところでニーズ通りにしゃべります。

③保護者支援事業
 代表業で3年ほど休んでいた面談やセミナー/ワークを再開する。
 また、夫婦対象の「父と母のためのカウンセリング+コンサルティング」を開始し、現代の男性・女性に固有の問題を共有し、家族の安定に結びつく面談を行なう。
 子どもや若者の直接支援は、①や④で育てた人材に行なってもらおうと思っている。

④インキュベート事業
 インキュベートとは「中間支援」のこと。これは、最近の当ブログの読者であればピンとくると思う。これからの日本は、サードセクター(行政でもマーケットでもない、第3のムーブメント)をどう育成していくかにかかっていると僕は思う。
 青少年支援機関オーガナイズとNPOコンサルティングの2本柱となるだろう。①は支援技術の伝達だが、これは経営的側面(組織・戦略)が大きくなる。

■外部コンサルとして

4月からは、プラッツとは、①や④の事業を通して、外部コンサルタントとして関わっていくことになります(プラッツ新経営陣からのニーズがあれば〜)。
春からも円滑に事業がすすむよう、あと2ヶ月は全力で引き継ぎしていきますね。

ちなみに一般社団法人は想定していますが、理事・監事合わせて2名(NPOは4名)とはいえ法人化して行政事業も始めるとまたもやあの多忙がやってくるようで、4月時点では完全個人経営かなあと思っています。

また、4月からは完全フリーなため、今のところ収入の見通しゼロ。第2四半期(9月)くらいまでがんばりますが、そのときダメならどうしよう……。でも実は告白すると、大病以来、仕事の中身にはあまりこだわらなくなっていて、ドゥルーズやニーチェではありませんが、「その瞬間を生き切ること」が最重要だと思っています。

だから、食べていけなくなればそれはそれで、年金生活している71才の母親に一時的に仕送りしてもらおうと気軽に考えているのです。現代のプチ裕福な高齢者世代はいつまでも子どもから仕送りをせびられる時代なんでしょうか(というか、僕の場合、単なるわがままか)。
まあこんなひきこもり支援者がいてもいいでしょう〜

考えてみれば、さいろ社を松本君と起業した25年前から、僕の人生は基本的にこんな感じです。故・蓮井さんへの恩は十分返したと思いますので、また元に戻っていきます。
みなさま、4月からもどうぞよろしくお願いします(3月まではプラッツにいますよ〜)。★

以下、「哲学者になる」@広島の予告です。冒頭6分の語り。背景の原爆ドームや参加者の面々を早送りするだけでもおもしろいですよ!!

菊地さんが冒頭に説明(明晰、さすが!!)。僕は後半(何言ってるのか不明)。
見どころは、柵つき原爆ドームと、濃〜い広島の方々の顔。この方々の登場は次回以降です!




2013年2月2日土曜日

ロックが癒しになった〜60代になったオルタナティブ世代〜


■宇宙人が人間になった、ボウイ

ここ最近またもやバタバタしていて、日々が恐ろしいスピードで流れている。
そうした流れを受けて、僕の社会的立ち位置もこの春から変わるのであるが、具体的な報告は来週以降にするとして、今日はまたもやyoutubeを交えたのんびりブログを綴ってみよう。

きっかけは、youtubeにあったデビッド・ボウイのこの「ヒーローズ」映像だった。
バンドの演奏も独特のグルーブ感

あのボウイが、ものすごくリラックスしている。「ジギー・スターダスト」や「ロウ」はもちろん、映画「地球に堕ちてきた男」なんかも含めて、デビッド・ボウイという存在は、とりあえず「人間ではない」生命体なのだ。
80年代の「レッツ・ダンス」で一度日和ったものの、ファンが抱くイメージはやはり、70年代までの、スパイダースをバックにスペースオディティしながらベルリンの壁で横を向きつつヤング・アメリカンで地球に堕ちてくる異常な生命体だろう。

その、孤高な生命体デビッド・ボウイが、2002年のライブでは笑っている。1947年生まれというから、この年で55才。Wikipediaによると2003年に心臓の動脈瘤で病気療養に入ったというから、このビデオは療養の前年だ。

ご存知のように、今年ボウイは10年ぶりに活動を再開し、3月にアルバムが出る。僕は先行シングルをダウンロードして聞いたが、ほとんど70年代後半のボウイであって、ファンとしては嬉しい限り。
どんな心境の変化があったのかはわからないものの、同じ大病をした者同士(僕とボウイを同列に扱ってます〜)、新作で聞かせてくれる声からは以前のような緊張感とともに、一種のリラックス感も伝わってくる。

そのリラックス感の極地が、上のビデオだと思う。病気の前年ではあるが、55才のボウイが以前の地球に堕ちてきた男ボウイとは別人のように、笑っている。ファンとハイタッチしている。そして、屈託なく名曲を演奏する。

■パンダみたいなスプリングスティーン

次にこのブルース・スプリングスティーンの「サンダーロード」はどうだろう。
おーおーおー、おーサンダーロード〜

太っている。シャツがピチピチだ。これは2012年のライブで、スプリングスティーンは49年生まれだそうだから、この時63才。お腹も出て恰幅がいいはずだ。Wikipediaでは大病報告はなく(80年代に鬱だったそうだが)、2012年も新作を発表している。

スプリングスティーンはボウイとは違ってずっと地球に住んでおり、時々笑顔も見せる普通の人間だったが、このパンダのような恰幅のよさと、何よりも「サンダーロード」を70年代と変わらないテンションで歌ってくれることに癒されてしまう。

人間・ボウイとパンダ・スプリングスティーン。いずれも60代になり、若いころと違ってなぜか癒しの存在となっていることに僕は不思議な感覚にとらわれている。

ロックとは(ここでは「態度としてのロック」精神の意)、若さと反逆の象徴であり、老いと癒しとは正反対のはずだ。ボウイもスプリングスティーンもそうした従来のロックイメージを忠実に踏襲してきた。だから、ファンに支持されてきた。

■「オルタナティブ世代」の引退時期とは

が、ビデオでのボウイとスプリングスティーンは、笑い、太り、語りかけ、ハイタッチする。名曲をためらいもなく演奏し続ける。

ここに、いわゆる「エンタメ」とはちょっと違う爽快感を僕は抱いてしまう。何かを確実に意識し、それをリアルに見つめているからこそ滲み出てくる癒し感。諦めと重なるようでずれている微妙なポジティビティ。

つまりは、ボウイもスプリングスティーンも、「死」を意識し始めているのだ。老いとその先にある死を現実感をもって受け入れ始めた時、彼らが演じてきた「ロック」は別の「ロック」に変わりつつある、と僕は思う。

社会への反抗といったような「ちっちゃい」ロック・スピリットは過去のものとなり、現実の死を見つめながらもそこに向かって日々を楽しんで生きる、なんともいえない「肯定性」に、そのロックが変わりつつある。

その肯定性とは、僕がひきこもりや不登校の子ども・若者たちにもってもらいたい肯定性でもある。
いや、何も「人間いつか死ぬから」みたいに脅しているのではなく、社会に対する態度(たとえば一時的に自立できていない等)などは根本的には「ちっちゃい」ことであって、まず生きること、そしてその生が前提となっているからこそ、うれしさや悲しみがあること、それらすべてを指して「肯定性」というのであり、つまりは生きていることそのものが肯定などだという当たり前の事実に気づいてほしい。

これらのビデオのボウイやスプリングスティーンの笑顔は、彼らが意図せず我々にそのことを伝えてくれる。
これがたぶん、「オルタナティブ世代」の正しい年のとり方であり、僕としては、60代になっても社会派なのはいいけれどもそれはできるだけ後進に譲りつつ、60代だからこそできる「人生の見本」を示してほしい。
以上は、前回当ブログでの、NPOしゃらく理事・小嶋さん原稿の最後のほうに出てきた、「オルタナティブ世代の引退時期」とも密接に絡む議論だろう。★

ブログ文脈とは関係ないが、ジョー・ストラマー「ワイルドサイドを歩け」。
ジョーも生きていれば60代だが、この頃から老けていて、すでに癒される。