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6月, 2013の投稿を表示しています

変な大人増強計画〜イバショを社会のすみずみに撒くために〜 

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■officeドーナツトーク・公式HPがついにオープン!!
NEW!!□Yahoo!ブログ 子ども若者論のドーナツトーク「 僕が高校生だったらこんな授業を受けたい」
officeドーナツトークブログ「まのまトーク」
Twitter(最近急に目覚めた!!)

■「変な大人」を社会にばらまく

最近、Twitterの意味がやっとわかり、毎日5本くらいはツイートするようにしている。
忙しい現代人は、エッセイ程度のブログでさえ読まない。それは本当のことなんだとなぜか突然僕は実感し、それならばと、徹底的に真面目なネタをツイートするようにしている(当GoogleのBloggerとは連動していないらしく、上にリンクしているのみですが……)。



Yahoo!ニュースブログも含めて、毎日鬼のように僕は言葉を排出しているものの、それほど苦ではない。
たくさん思いつくんだから仕方ないや、とこの頃は笑いながら書いている。そこそこアクセスもあるし。

で、昨日Twitterしていてあらためて気づいたのは、「変な大人」がたくさん社会に種のようにしてばらまかれれば、変な大人は「イバショ(自由な空間)の住人」なのだから、若者たちあるいは現代人全体にとって一時的ストレス軽減なるのでは、ということだ。

昨日、京都精華大学の授業が終わり、ドゥルーズの「出来事」というテーマ(「一般性」の反対の、単独性〈その出来事は世界で毎回「初回」だということ〉)を自分なりに一所懸命学生さんたちに伝えたあとだったので、かなり疲れていた帰り道だった。

そういえば、京都精華大学は非常に自由そうに見える大学で、おまけにS友先生(まあ住友剛先生ですが)を筆頭とした「変な先生」ばかりで(一人ひとりは知らないが、毎回とる授業後の学生アンケートに結構書かれてる)、プラス学生さんたちのなかには高校時代それなりに不登校等で苦労した人たちがかなり見られ、それら学生さんたちがアンケートで「大学に来て救われた」とはっきり書いている。

S友先生は研究室で鍋なども学生と囲み、研究室そのものが文字通り「イバショ」になっている。
僕は、このような大学が(イバショだけではなく、マンガ学科を創設する等、かなりの戦略性が背景にあるような……)もっと全国に増え、ここに行政や安全な奨学金等の経済的扶助も加えていけば、ある一定の若者層のセーフティーネットになるのでは、と…

高校中退・不登校フォローアップ事業(「となりカフェ」ほか)、今年もやります!!

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■officeドーナツトーク・公式HPがついにオープン!!
NEW!!□Yahoo!ブログ 子ども若者論のドーナツトーク「 自由とネコ〜人間の定義に『自由』は入っているのか」
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Twitter(最近急に目覚めた!!)

■「となりカフェ」、今年も継続!!

府立西成高校での「となりカフェ」事業、今年も府の事業として継続して行なうことが決定した。詳しくは府のホームページにある「実施事業者が決定しました」をご参照願いたいが、昨年の「新しい公共」枠ではなく例の「緊急雇用創出基金事業」枠ではあるものの、かなりバージョンアップして再スタートを切ることができる。



昨年は西成高校1校だけの実験的事業だったのが、上ホームページにあるように(しかも我々が選定1位!!)、今年は4団体が各2校を担当する拡大バージョンとして展開される。
生まれたばかりの法人である我がofficeドーナツトークは、老舗NPOみらいずと協働して(住吉区の事業と同じですね〜住吉区で「子ども・若者育成支援事業」を始めます参照)、今年度は、西成高校に加え、府立桃谷高校(3部)で居場所を中心としたサービスを展開するつもりだ。

僕としては、20代後半から始めた不登校の子どもたちへの訪問活動のなかで、何人か「つないで」きた桃谷高校とともに仕事ができることもたいへんうれしい。
まさかあの頃は、このように、府と府立高校と民間が連携して、中退や不登校に対する支援サービスが行なえるようになるとは夢にも思わなかった。たぶんそれは、僕が老人になり現役を引退した頃に少しずつ展開されればいいなあと思っていた程度だ。

それが、2010年代になりはやくも現実化された。何ごとも粘り強くひとつのことを続けるものなんだなあと、しみじみ感じている次第です。

■潜在化の「水際」

これまでの西成高校の取り組みは、実は途切れることなく4月以降も継続させてもらえていた。
4月以降、「となりカフェ」を利用する生徒も増えた(ということは、学校の中での「居場所」的空間の意味を、教員を中心とした専門家間ででたえず共有していかなければいけない。それほど「居場所」の効果の意味は伝わりにくい)。

ドーナツトークスタッフ(同事業の担当は辻田事務局長)は、さまざまな理由で高校から離れつつある(言い換えると徐々に「潜在化」している…

代表病〜①ついスピーチしてしまう

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■officeドーナツトーク・公式HPがついにオープン!!
Yahoo!ニュース個人子ども若者論のドーナツトーク12「 『ぼくの好きな先生』はなぜ好かれるか〜ディシプリン権力と自由」
officeドーナツトークブログ「まのまトーク」
■「代表病」
最近、officeドーナツトークの仕事のペースがやっとつかめてきて、1週間の動きも固定し始めた。 ドーナツトーク事務所での支援の仕事や大学非常勤講師の仕事とは別に、いくつかのNPOをお手伝いする仕事も行なっている。
その仕事は、いわばNPO等のソーシャルセクターを支援する仕事でもあるので当然守秘義務が生じるから、具体的なことは書けない。が、そうした仕事を通じて僕自身に関するテーマに関して気づいたことであれば、一般性に話題を広げつつ、差し支えない範囲であれば書いてもいいだろう。



新しく自分の事務所を立ち上げ仕事の内容も微妙に変化してきたなかで気づいたことのひとつに、なんというか「代表病」みたいなものがある。 僕は、10年間、老舗青少年支援NPOの代表業をめちゃくちゃな多忙ペースでこなしてきたせいか、自分で予想していたよりも「NPO代表」的仕草が染み付いてしまっている。
そのひとつに「すぐスピーチしてしまう」というものがあり、この癖が、現在の「ソーシャルセクター支援」が円滑に展開していくことを押しとどめてしまう。 具体的には、ソーシャルセクターの人たちの自主性の芽を、僕のスピーチが摘んでしまうのだ。
■スピーチを求められた
特にこの2年ほどは、僕の仕事は外向けのアドボカシー(当事者の権利擁護と関係事業の獲得)仕事が増えていた。同時に大阪府が委託運営する大きめの仕事を通して、たとえばFM番組に出演したり、普通のホールでのイベントに出演したりと、お声がかかるままにそうした仕事をこなしてきた。
また、自分の法人内においても、僕の仕事はどちらかといえば、スタッフの方々向けのスピーチや仕事の意味付け等が増えていった。 これに加えて、従来の委託事業プレゼン等も加わり、仕事の半分以上は「ここぞという場面でのスピーチ」を求められることが常態化していた。
元々僕は、阪大の臨床哲学を学ぶ以前から、「司会業」がどちらかといえば得意だった。テーマを提示し、話があまり散漫にならないように統御し、かといってそれなりに発言者の個性を演出し、それなりの結論…

すべては自由のために〜そろそろ僕の「臨床哲学」を〜 

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一般社団法人officeドーナツトーク・公式HP
Yahoo!ニュース個人子ども若者論のドーナツトーク12「教室という未成熟な空気」
officeドーナツトークブログ「まのまトーク」

■「哲学すること」と「哲学研究すること」

最近、どうも僕は、「そろそろ自分オリジナルの『臨床哲学』をつくってもいいんじゃないか」と思い始めている。
臨床哲学とは、鷲田清一・前大阪大学総長が教授時代に提案された授業の名前で、『聴くことの力』などにその意図は詳しく書かれているのでご参照を。



現場のなかから生まれるナマの声・言葉・思考をまず第一にしていくというその姿勢に15年前の僕も惹かれ、結局、臨床心理士等の資格には流れず、社会人大学院生として大阪大学に入り込むことになった。

それから15年、NPOの代表になったり脳出血になったりパリに遊びに行ったりメキシコに青年たちの付き添いで行ったりフジロックに行ったり岩波書店からブックレットを発行したり、そして最近はよりラディカル(根源的=つまり、子ども若者問題の最も潜在的な問題〜高校中退・貧困・複雑な家族問題・20才前後のひきこもり〜等に焦点化していく)な一般社団法人を設立したりと好き勝手に生きてきたが、基本的には、鷲田先生・本間先生・中岡先生や当時の大学院の先輩・同僚の方々と過ごした時間を、最もベーシックなものとして大切にしながら生活してきた。

時々僕は、デリダだドゥルーズだと知ったかぶりをして書いているが、それらの知識は10年前に阪大で短期集中的に得たものに過ぎない。
そんな中途半端な知識しかないのになぜ偉そうに哲学者の名前を語れるかというと、たとえば本間先生とドゥルーズについていろいろおしゃべりしたあの時間が圧倒的に濃密であり、ドゥルーズはよくわからないものの「ドゥルーズが提示しようとしていた諸問題(たとえば「潜在性」の問題)」について僕なりに一生懸命に考えたという自負があるからだ。

ドゥルーズの『差異と反復』などいまだによくわからない。けれども、ドゥルーズはそのなかで一生懸命「潜在性」について語っている。
その語り口の熱さにひかれて僕は何回も読み返したものだが全然わからず、それでも本間先生の解説というかトークを聴くうちに、「潜在性」という問題系が秘める重要性はひしひしと伝わってきた。その重要性の意味は、たぶん僕が死ぬまでよくわからな…