2014年12月31日水曜日

日々の出来事はFBログで


■FBログ←ここをクリック

いやあ、このGoogleブログは超久しぶりだ。2010年夏の脳出血後、僕のリハビリにもなった当ブログも、最近はすっかりYahoo!ニュース個人(http://bylines.news.yahoo.co.jp/tanakatoshihide/)のほうに移行してしまい、夏以来の記述となった。

かといってYahoo!以外に書いてないわけではなく、Facebookで日常的にメモしている。
僕は早起きのため、日の出がやってくるまで朝の頭の体操としてメモしているのだが、これがYahoo!ネタにもなるため、結構役に立っている。
それらをまとめるアプリ(FBログ)があり、これを見ると日々のFacebookメモがチェックできる。

そのURLはこれだ。
田中俊英のFBログ

やはり当Googleブログはこれからも不定期になるだろうから、ゆくゆくはこのFBログと合体させるつもりだ。

僕のFacebookは以下になります。「友達」がめんどくさければ「フォロー」していただくだけで気軽に読むことができます。
https://www.facebook.com/tanakatosihide

■気分はすっかり「隠居」

しかしこうして50才もすぎつつあり、来年の3月で51才になるわけだが、予想外にofficeドーナツトークが順調に滑り出し(まあ来年どうなるかはわかりませんが)、内閣府関連の仕事や大学非常勤講師等、20代後半に支援者として社会人再出発(社会人の始まりは編集者)した時に漠然と描いていた「やりたいこと」をすべてやりとげてしまった。

そんなわけでこの頃の僕はすっかり隠居気分。これ以上やっても能力以上のことはできないなあという感じです。
来年以降は自分のペースで、本当にやりたいこと(「マイナーの顕在化」今日書いたYahoo!記事参照SNEPはいらない〜マイナーの顕在化のために)を中心にのんびりと、微妙に熱くがんばります〜

そんな気分を反映して、YouTubeのレイハラカミをリンクしておきます(久しぶりのGoogleブログのためYouTubeへのリンクの仕方忘れた〜)。NPOパノラマ+「無風状態」(https://note.mu/mufuujoutai)パートナーの石井さんにならって、曲締めで、今年は終了です〜
みなさま、来年もよろしくお願いします。★

https://www.youtube.com/watch?v=lAXPWpjmAwQレイ・ハラカミ「終わりの季節」
Google検索から レイハラカミ





2014年9月6日土曜日

「50年後の新世界と多様性」記事は、実はゴール

最初、IT長者たちのアイスバケツには、まだノブレスのユーモアがあった。


■Yahoo!記事を振り返る

この頃はすっかり忙しくなってしまい、週1回ブログを書ける時間を確保できればいいほうだ。
そうなると、アクセスが数千は必ず達する「Yahoo!ニュース個人」(http://bylines.news.yahoo.co.jp/tanakatoshihide/)についつい注力してしまい、このGoogleブログをあとまわしにしてしまう。

おまけに、シェアコロの石井さんと始めた「無風状態」(https://note.mu/mufuujoutai)も絶好調で、楽しいあまりこれが週3回以上は更新してしまうため、またもや当Googleブログがあとまわしになる。

で、考えたのが、メタ的企画。主としてYahoo!記事を中心に、「この記事の意図はこういうものだった」と少し遅れて振り返っていくことにした。

■アイスバケツ

最近では、このYahoo!記事「アイスバケツチャレンジはノブレス・オブリージュか」(http://bylines.news.yahoo.co.jp/tanakatoshihide/20140820-00038423/)がアクセス数が5,000程度に上った。
もう話題はとっくに過ぎているが、これを書いた時はアイスバケツはまだ話題に登り始めた時だったので、これを一部アッパークラスの試みと断じる内容には満足している。

個人的には、このネイマールの「仲直りアイスバケツ」が、寄付にも仲直り(ワールドカップでネイマールをケガさせた選手を指名した)にも役立ったという点で、さすがネイマールと思った。



■ロングテール〜スーパーリッチ

あと、この記事「スーパーリッチな子どもと、貧困の子ども」も、ある日突然アクセスが2万に跳ね上がり、びっくりした記事だった。

Yahoo!をよく探索すると、子どもの貧困特集内に同記事がリンクされていることがわかった。
この記事自体は7月の記事であり、ロングテールとはいわないものの、1ヶ月前のブログは普通アクセスはゼロになるものだが、Yahoo!ニュースのように多くのアクセスがあり、かつ関連記事を積極的にリンクしてもらえる媒体では、今回のように「復活」もありなんだなと学んだ。

■ひとつの答え

最後、この最新記事(「少子高齢・多様性社会」として、50年かけて新世界となる
http://bylines.news.yahoo.co.jp/tanakatoshihide/20140905-00038857/)は、実は僕がここ10年近く考えてきた「少子高齢化社会」の問題に関する、ひとつの答えとなった記事だった。

少子高齢とネガティブに嘆くのではなく、ここに「多様性」をくっつけて、性的マイノリティをはじめとするさまざまな「マイナー」がより自由になれる世界に50年かけて生まれ変わるチャンスではないかという、ひとつの提言なのだった(すごく地味な提言だが)。

Yahoo!では、アイスバケツチャレンジのような時事ネタはすぐにアクセス数が跳ね上がる。けれども僕は別にブロガーとして有名になりたいわけではなく、ドーナツトークのミッションと自分の哲学的生き方に則って文章を書いている。

そう考えると、今回の「50年後の新世界と多様性」記事には満足した。が、アクセス自体は1,500程度で止まっている。★

本文とは関係ないが、プリンス「レインボーチルドレン」ジャケット








2014年7月28日月曜日

高校生居場所カフェプロジェクト 23秒プロモ写真ムービー

無料アプリで高校生居場所カフェプロジェクトのプロモ写真ムービーを作ってみた。

この頃ますます思うのだが、社会貢献事業についての、最新メディアを用いた広報活動が最重要になってきていると思う。
全国でたくさんのよい取り組みが行なわれているが、それが知られないまま年度末を迎え消えていく。

この繰り返しをストップさせるには、インターネットを使ったロングテールな啓発活動を行なうことが最も効率的だ。✨


さらっと見れます〜

2014年7月21日月曜日

ウテナの「他者」は人を救う



ウテナ最終話より。すべてはこのシーンがネタ元?
http://youtu.be/ErL8yEJRHPw←ここからYouTubeへ(ウテナ最終回のパート3があり、このシーンは5分くらいで現れます)

* * *

昨日YouTube動画を貼り付けようとしたけど、iPadからはうまくいかなかったので、今日は画像とURLにした。

京都精華大学の「こころと思想」講義でも時々触れているけど、90年代後半に放映されたアニメ「少女革命ウテナ」の最終回の上シーンこそ、絶対的に孤独な主体が他者と出会う決定的瞬間を、すべてメタファーで描いた傑作アニメ+シーンだった。


エヴァンゲリオン新作「破」ラストも、このシーンをパクったと思う。

ウテナはエヴァ新作と違って、すべてメタファーというのが傑作の所以で、この世界観に抵抗がある人も見ることができるだろう。

明日、精華大学でラスト講義があるから、これとエヴァのDVD持って行って、学生さんに見せてやろうっと。✨







2014年7月20日日曜日

にじいろ(綾香)の自由さ




声もいい



ブログらしいブログは完全にYahooニュースhttp://bylines.news.yahoo.co.jp/tanakatoshihide/のほうに譲ることにし、こっちはYouTube動画を中心に、気楽なネタをiPad Airで短く綴ることにした。

今も横になってiPadに書き込んでいる。
だいたい、blogoshttp://blogos.com/blogger/tanakatosihide/article/ なんかにも転載されるようになり、すべての記事に気合いを入れ過ぎてしまったと反省。

このGoogleブログのほうは、短く、そしてYouTube動画とともに楽しみたい。

* * *


絢香のこの曲、連ドラを再び見るようになってから毎日頭をぐるぐるリフレイン。
タイトルも最高だ。

僕の初めての子どもの名前も「にじ」がついている。
マンデラの理想、(性も含めた)多様性、自由、すべての人に対して、レインボウは光を与えるらしい。

絢香も元気っぽい。✳️

2014年5月5日月曜日

「夢」と「笑顔」ではものたりない〜タダでインパクトあるホームページを〜


■このブログも大切

この忙しい時期とはいえブログは重用な広報活動なので書かなければいけないのだけど、やはりアクセス数が1ケタ違う「Yahoo!ニュース個人」のほうを優先してしまい(Yahoo!は5000でこのGoogleは500)、当ブログの更新は後回しになってしまった。

が、2010年夏の脳出血後僕を支えてくれたのはこのGoogleブログだから、かなりの愛着がある。これを読んでいただいているみなさんもたぶんface to faceで知っている人ばかりだろうから、2週間に1度更新とはいえ、今回もマニアックに迫ってみよう。

マニアックに迫ると、それはBLOGOSには転載されないということなのだけど、それでもいい。
今回は、昨日リニューアルしたドーナツトークのホームページを例に、「タダでインパクトあるホームページづくり」について考えてみよう。

■新しいHP

まずは新しいドーナツトークHPをリンクしてみる(http://officedonutstalk.jimdo.com)。
そして下に、スクリーンショットを貼りつけてみる。
スクリーンショットなのでクリアな画面は上URLをクリックください。

ここでのポイントは、①シンプルなトップページ、②シンプルなロゴ、③シンボルカラーの統一、④具体的ミッションの明記、⑤無料で作成、などだろう。
具体的にさらっと説明する。

■シンプルなトップページ

僕の理想のHPは、アップルとGoogleである。
アップルはこれ(https://www.apple.com/jp/)で、Googleはリンクすら不要だろう。アップルのトップページのスクリーンショットを貼りつけてみる。
新製品がないため、「物語」でアピールする最近のアップル

ティム・クックにCE0が代わってから少し迷走していたものの、環境や「物型」に焦点づけした最近のアップルのHPは、僕は苦手だが、広報戦略としては一貫していて実にアップルらしい。

コンテンツ内容はさておき、ここでポイントなのは、HPを開けて出てくる画面で、このスクリーンショット以外に余計なものはない。iPhone等の新製品が下にぶら下がっているが、それ以上並んでおらず、13inch画面があればすべて表示できるシンプルさだ。
Googleのほうはもっとシンプルである。

HPのトップページはシンプルであればあるほどよい、と僕は思う。そこに、経営理念が反映された画像とレイアウトが重なればもっとよい(アップルは革新性、Googleは使いやすさ等)。

■シンプルなロゴ

ドーナツトークのロゴは、ドーナツが3つ(右端ドーナツが欠けている)並んだものだ。本当はドーナツの下に文字があるのだが、今回のホームページでは省いた。
できれば法人名の「office」も、法人が続くようであれば削除したいところだが、本音は文字そのものをなくしマークだけにしたい。

ドーナツトーク・マークの説明はいろいろな意味があるためここでは省こう。ポイントは、このマークが出てきたら、「あ、ドーナツトークさんだ」と誰にもわかってもらえることだ。

■シンボルカラー

僕は実は色弱なので色にはまったく弱いのだが、広報戦略的には色は最重要らしい。
ドーナツトークも、上のスクリーンショットにあるドーナツ色でシンボルカラーを統一するようにしている。

ホームページのレイアウトも、このシンボルカラーに近い背景色をもったものを選んだ。このことで、このての色が出てきた時、「あ、ドーナツトークさんだ」と気づいてもらえるようにしている。

■「夢」と「笑顔」ではものたりない〜具体的ミッション

僕はドーナツトーク立ち上げまで知らなかったのだが、ソーシャルセクターのミッションは変えていいものらしい。
これは、内閣府のお金でドイツに短期研修に行ったドーナツトークの辻田が熱く語っていたことで、最初は「またまた〜」とあまり信じなかったのだが、実はこれは最重要であった。

時代状況や団体の対象・問題意識が変化すれば、ビジョン(どんな社会を目指すか)とミッション(そのために団体はどんな具体的なことをするか)は変えていいのだ。というか、変えるべきなのだ。

僕も反省し、2013年末に「戦略会議」を持った際、新しいミッションをつくりあげた。それがドーナツトーク・トップページにも輝く以下の文言だ。

■子ども若者と「サードプレイス」をつなぐ
10代後半の子ども若者が自由に生き方を選択できない現状を、家庭・学校/職場以外の『サードプレイス』をつくることによって解決する

ここでのポイントはやはり「サードプレイス」だろう。家庭でも職場でもない、サードプレイスをつくることで子ども・若者の困難な状況を変えたいとするこのミッションは、今までの活動と抽象的なミッションを踏まえたうえで現れた具体的ミッションだ。

ポイントは、「夢」「笑顔」「社会参加」等の抽象的言葉に逃げないことだ。
ソーシャルな活動を始めたばかりの頃はこうした理念的言語で彩られるのは仕方がない(むしろ必要)が、僕のように、10年以上ソーシャルセクターを経営した者は、現在の社会状況を踏まえたうえでより「具体的」文言が出ることが望ましい。
ドーナツトークの場合、それが「サードプレイス」だった。

■タダでもオリジナルなものに

そりゃ、お金があれば専門デザイナー会社に頼むけど、実はHPのデザイン料は15万円は予算をみなければいけない分野だ。低価格のデザインもあるにはあるが、それはあまりに「無難な」ものになってしまう。

が、15万払って画期的なHPがデザインされるかといえばそうでもなく、普通のデザイン会社はやはり普通のデザインしかできない。
つまり、普通の人物写真が並び(団体によってはそれがスタッフだったりする……)普通のロゴが配置され普通のメニューが並べられている、そのHPだけ見るとかっこいいものの、同じようなものが並ぶと当然埋没してしまう、普通のデザインHPができあがってしまう。

また、イラストや写真や字体等も、その時代にあったたものが用意されてそれなりに美しいのではあるが、これまた他に埋没する。

15万払ってもなぜ他と同じになってしまうのか。
それは簡単、つまりは団体のオリジナルなミッションとオリジナルなロゴとオリジナルなシンボルカラーがないからだ。

これら、根幹的な部分でのオリジナリティーさえ団体内で確立していれば、具体的HPのデザインは既製のものを使っても、それなりのものにはなると僕は思っている。
そりゃ、オリジナリティー+15万円あれば、もっとよいものは生まれるかもしれないものの、実は、世のデザイナーたちは個性があったりなさすぎたりして付き合うのが難しかったりする。

たぶん、HP作成に100万円積めば次のステージが待っているのだろうが、いまのところその余裕はない。であれば、無料で冴えないデザインではあるが、ミッションとロゴのみで勝負できる形式を選んでいる次第だ。★







2014年4月21日月曜日

2014年度のドーナツトーク〜aimaカフェ、となりカフェ3年目、そして無料の16才以上のサードプレイス「tameruカフェ」(住吉区)


みなさん、2014年度は無事迎えることができましたか? 僕は、この3月はなぜかたいへんでした。
なにがたいへんだったか、4月9日の今日になってみるとすっかり忘れてしまったのですが、とにかく、3月中はず〜っとたいへんでした。おそらく独立年というのはこんなものなんでしょうね。

でも4月になってみると、だいぶ落ち着いてきたので、今年度のドーナツトークと僕自身のことをさらっとお知らせしたいと思います。
まずは委託事業から。

■aimaカフェ・プロジェクト

これは、大阪府の「中間的就労の場づくり支援事業」で、ドーナツトークも受託させていただきました。
大阪府のホームページはここにありますので(★同事業に関する大阪府のホームページ)、ネットを粘り強く潜っていくと仕様書等も全部ありますから、ご参照ください。

ドーナツトークのホームページ(aimaカフェプロジェクト-大阪府委託事業-中間的就労の場づくり事業/)にも、コンセプト等を簡単に紹介しています。

これは一言でいうと、「街の中に『となりカフェ』をつくる」というもので、本物のカフェスタッフとして中間的就労を体験し、希望者には就労支援をさせていいただきます。

大阪府のノルマは20名ですが、現実にアルバイト面接を落ち続けてモチベーションダウンしているハイティーンは多数おられますので、彼女彼らに対して「現実に役に立つ就労支援(つまりはキャリア講座や超限定的な就労体験だけではない)」を行なっていきたいと考えています。

このことと、たとえば「レイブル支援」はどう違うのか、なども当欄で考察していきたいとも構想しています。事業の進行は、HP中心に追って報告します。

■高校中退・不登校フォローアップ事業(「となりカフェ」)

今年もNPOみらいずさんと協同で行ないます。同じく大阪府の委託事業となります。昨年度より若干予算は減ったものの(「高校中退・不登校フォローアップ事業」)、今回は随意契約(継続)だったたため、基本的には大きな変化はありません。

当事業も今年度で3年目となります。ある意味節目の年ですので、こうした「サードプレイス」支援のあり方について、ひとつのモデルになっていければ、と思います。
同事業のFacebookページはここです(高校生居場所カフェプロジェクト)

昨年はテレビドキュメンタリーでも1時間にわたって取り上げられ(ドキュメンタリー映像'14http://www.mbs.jp/eizou/backno/140216.shtml)、当事業は、僕の想像以上に社会的注目を浴びていると思っています。

まあ、現場はそれほど肩肘張らず、生徒さんのペースに身を任せつつ、彼女ら彼らの「となり」であり続けていければ、とも僕はのんびり構えています。

住吉区・子ども・若者育成支援事業では、「16才以上の無料のサードプレイス(tameruカフェ)」を

住吉区の同事業も2年目となり、今年はいよいよ「16才以上の無料のサードプレイス」を開設することができます(http://officedonutstalk.jimdo.com/住吉区-子ども若者育成支援事業-大阪市住吉区委託事業/)。

若者支援者の方ならご存知のように、中学生までの居場所/サードプレイスは、各地域に設置されるのが当たり前となっていますが、16才以上の居場所/サードプレイスは全国的に見てもまだまだ少数だと思います。

もちろん有料のNPOは数は少ないながらもがんばっているのですが、万単位の月謝が必要となり、格差社会化した日本(非正規雇用4割)では、その月謝が払えるご家庭が少なくなってきているのも事実でしょう。

僕は以前から、16才以上が通える無料のサードプレイスが日本には絶対必要で、プラスそうした存在を積極的に広報していくことも必要だと思っていました。
そのためにはやはり資金が必要になり、やはり行政の委託事業に乗ることがポイントとなります。

大阪市住吉区が、区単位としては珍しい独自予算を組み立ててくれたことは、僕にとって朗報でした。昨年は啓発やネットワークづくりがメインだったのですが、昨年を踏まえて、いよいよ今年度は無料の支援施設を現実化します。同じくNPOみらいずとの協働事業です。

■大学の非常勤講師とスーパーバイズ

その他、僕の個人的仕事としては、昨年同様、京都精華大学で非常勤講師(「こころと思想」)を行なうほか(今日4/9が第1回授業です!!)、NPO法人ブレーンヒューマニティー(サテライト事業)や枚方市・子ども青少年課でスーパーバイズを行なう予定です(枚方でも無料のサードプレイスを開設予定)。

では、弱小法人ではありながらも、微妙に全力疾走する一般社団法人officeドーナツトークを、今年度もよろしくお願いします!!★










2014年3月14日金曜日

「リアル・サードプレイス」では「沈黙」できる


■リアルとネット

3月も半分が過ぎ、どのソーシャルセクターも来年度事業に向けて走り始めていることだろう。ドーナツトークも同様で、今月末にはその全容をご報告できると思う。

本文とはまったく関係ないが、ピンクフロイドの名盤。
あなたがここにいてほしい


そんなこともあってこの頃はどうもブログの更新も遅れがちなのだが、そういえばこの前、Twitterで「Facebookは公共空間のサードプレイス」、「LINEは親密空間のサードプレイス」と書き込んだことを思い出したので、それをさらっと解説しておこう。

その前に、「サードプレイス」には、どうやら「リアル・サードプレイス」と「ネット・サードプレイス」があることを再確認しておこう(ネットには「サードプレイスとしての癒し」はあるかhttp://toroo4ever.blogspot.jp/2014/02/facebook.html)。

特別な「個対個」のコミュニケーションではなく、そうしたコミュニケーションが成り立つための「前提条件としての空間・時間」がまずは保証されている。
そうした「前提条件としての時空」のことをサードプレイスと僕は呼ぼうと思っている(上ブログに「時間」をくっつけてより明確化してみた)。

そうした「コミュニケーション前提条件としての時空」は、リアル空間だけにとどまる必要はなく、ネット内においてもそれはある。言い換えると、コミュニケーションがあるところには、こうしたサードプレイス存在可能性が保証されている。

■ネットは「コミュニケーション前提条件」を理解しやすい

実は、ネット・サードプレイスのほうが、このような「コミュニケーション前提条件とした時空」という意味をつかみやすいと僕は思う。

リアル空間においては、「コミュニケーション前提条件」と「実際のコミュニケーション」が同時進行するため、圧倒的な後者の影響によってどうしても前者の影が薄くなる。
リアル・コミュニケーションの迫力が、その前提条件を覆い隠してしまうのだ。

それに対してネット・コミュニケーションでは、パソコンやスマートフォンといった機器を用いて行なうため、そうした機器の性能や好不調を意識せざるをえない。
機器が正常に動いて(コミュニケーション前提条件が正確に発動して)初めて、またFacebookといったソフトの機能を把握して初めて、その後のコミュニケーションが成立するという二段階を、ネット・コミュニケーションでは意識せざるをえない。

だから、「サードプレイスはコミュニケーション前提条件としての時空」と言われた時、ネット・サードプレイスのほうがその意味を正確に把握しやすい。

ネット・ファーストプレイス(家族)やネット・セカンドプレイス(職場)にもこの二段階(前提条件と実際のコミュニケーション)はあるものの、両者を区別する必要性は薄い。
サードプレイスのみ、実際のコミュニケーションよりその「前提条件」が強調されているため、このような区別を感覚として受け入れやすいネットのほうが便利となる。

■安心できるから自由がある

おもしろいのは、Facebookは同じサードプレイスでもどちらかというと「公共性」が強調され、たとえばLINEのようなグループ参加メンバーが少数のツールはその「親密性」が強調されることだ(僕はLINEをやっていないので的外れならばすみません。たとえLINEが親密性が低くても、そのような親密性が強調されるネット・サードプレイスが増えていくと思う)。

現在ネットニュースなどでFacebookの衰退が報道されることが多くなったが、僕はFacebookの利用者数は減ることはあるにせよ激減せず、一定利用者数はこれからも維持されていくと思う。
それだけ、「公共的な自分」が保証されるネット内のサードプレイスはニーズがあるということだ。

同時に、「親密空間としてのネット・サードプレイス」もこれからは益々拡大していくだろう。
実際に少数の顔が見えるメンバーが集うこうしたネット・サードプレイスにおいて、個々の関係のあり方よりもそうした「親密空間が前提条件として保証されている時空」はニーズがあると思うからだ。

誰もが、安心できる人たちが集う時空において、個々の約束に拘束されることのない自由な集まりを求めていると思う。
安心できる人たちがいるところで、その日の気分や体調によって出入りや行動や発言の自由が許される。
特定の人達と特定の深いコミュニケーションにまで突入することなく、「それなりの深さ」を感じることができる、これは貴重なサードプレイスだと思う。

■あなたがそこにいてほしい

このようにいろいろメリットのあるネット・サードプレイスなのだが、我々はなぜか、リアル・サードプレイスを求める傾向がある。

それはなぜなんだろう。
ヒントとして、この前「シェアコロ」石井さんがツィートした内容が何かを示唆したと思ったので引用しておこう。

SNSはサードプレイスになり得るのか?といえばなり得ると思う。しかしSNS上の沈黙はスルーだけど、リアルなサードプレイス、或いは成熟した居場所は沈黙を共有することができる。僕が図書館を気に入っているのは沈黙を共有するのに最適な場だからだ。この話題は柏通り魔事件にも行き着くと思う。https://twitter.com/masahiroishii


確かに、SNSの沈黙はコミュニケーションをスルーする(返信するのをためらう・めんどくさい等々)だが、現実の沈黙は何かを「共有している」意味合いももつ。
そこに実際のヒトがおり、急いで返事を言うことなくともに座り続ける、このことだけで何かを共有しているという実感をもつことがある。

つまり、あなたがそこにいてよかった、あるいはあなたがそこにいてほしいということを、沈黙するということだけでパフォーマティブに示すことができる。★




2014年3月1日土曜日

時間は断絶するほうがリラックスできる〜沖縄・石垣市への出張〜

石垣空港。旧空港より広くなり、直行便も。

■石垣に行ってきた!!

2月14日〜15日、バレンタインデーなどすっかり忘れたまま、沖縄県・石垣市に一泊出張に行ってきた。
去年後半から始まった、内閣府の仕事(「困難を有する子ども・若者及び家族への支援に対する支援の在り方に関する調査研究企画分析会議」委員)の一環で、石垣市でのユースアドバイザー養成講座等の講師として伺った(他のモデル自治体にもこの冬は呼ばれており、同講座とセットになっている「『子ども・若者支援地域協議会』づくり」のお手伝いを少しだけしている)。

まあそうした委員・講師仕事のあり方については、より一般化・抽象化していずれ考えていきたいのだが、ここでは、「石垣一泊二日」という時間の過ごし方について綴ってみたい。

■ミッションのためなら

僕にてとっては20年ぶりの石垣だった。あの頃は直行便も格安チケットもなく、ずいぶん時間とお金をかけて辿り着いたという記憶があった。
20年前もすべて飛行機で行ったものの、那覇で南西空港に乗り換える必要があり、何よりもかなりのお金が必要だった。

旅先としては(戦後問題や歴史問題としては最大の関心あるが)、僕は沖縄にはあまり興味がなく、そうした時間と経費がかかる石垣には(沖縄本島は諸事情で行くだろうが)もう一生行かないだろうなあと思っていた。

が、今回、内閣府〜野村総研(運営担当)ラインから仕事がやってきたため、旅先とは別の意味での、いわば「法人ミッション」として喜んで引き受けた。
officeドーナツトークのミッション「子ども若者と『サードプレイス』をつなぐ」に少しでも関わる仕事であれば、僕は何でも引き受けることにしているからだ。

で、石垣に一泊二日で行ってきた。
格安チケットであるスカイマークの飛行機は、神戸空港から7:30に出発する。ということは、逆算していくと、6:00頃には自宅を出なければいけない。ということは5:00起きだ。

僕は朝早いのはなんの苦痛でもなくいつも目覚めているし飼い猫のマーちゃんに毎日5:30に朝ごはんを出しているから、まったく問題ではない。
当日、実際は4:00に起きて淡々と準備をして淡々と出かけた。心配していた雪の影響もなく、神戸空港に着き、飛行機に乗った。

■はやすぎる〜

スカイマークは、行きは神戸からだと2時間20分くらいかかる(帰りは2時間切る)。それなりの長時間移動なのだが、飛行機2時間なんて、実はあっという間。ゴゴゴーッと飛んで、時々揺れて、何か耳が変で座席も狭く、トイレもめんどくさく、といった機内では、人の身体はかなり緊張しているかもしれないせいか、なんとなく時間が早い。

だからあっという間に石垣に着いた。で、20年ぶりにこんな光景と再開した。
石垣空港から。遠くにサンゴ礁がブロックする外海を仕切る白い波の線。

で、空港に着いたのは早かったがいろいろパソコン仕事があってそのまま空港のカフェで3時間ほど仕事していた。午後になって石垣市の職員の方が車で迎えに来ていただき、この石垣市保健福祉センターに連れて行ってもらえた。
健康福祉センターはどこも同じ佇まい。でも石垣のセンターは結構広い。

講演はいつもどおり盛り上がり(最近はどこに行ってもなぜか盛り上がる。講演後、拍手が自然に〈これもなぜか〉沸き起こる……自分では理由がいまいちわからない)、その後「石垣市青少年センター」も見学した。で、その後、関係者のみなさんと石垣のナイスなお店で懇親会を行なった。
渋い、石垣市青少年センター

■20年ぶり

次の朝、これも早く起床して空港にタクシーで戻り、昼頃神戸空港に帰ってきてそのまま三田市でプチ講演、という強行軍だった。脳出血後3年半、だいぶ元気になった今こそが危ない、というわけで、その夜は大急ぎで帰宅し風呂に入って寝た。

で、次の日は箕面市で講演と、淀川キリスト教病院脳外科主治医に「たいがいにしとけよ」と怒られそうだが、なんとかそうしたハードスケジュールも切り抜けた。

で、何が言いたいのかというと、お金が格安になったことはありがたいものの、時間まで超短縮されたことにより、石垣は「一生に一回行くかどうか」の非日常ではなく、かなりの日常的存在になってしまったということが残念だったのだ。

僕の自宅から神戸空港までは、1時間くらい。そこで少し待ってビューンと飛んで着陸すると、眼前には、あの世界一の珊瑚礁がつくりだす波線が海に描かれている。
その「時間の連続性」に、僕はなぜかクラっとなってしまったのだった。
石垣港はその日も平和


■飛行機に乗ると「時間の蝶番」が外れるのに

時間が予想内で続く限り、人生も予想内で続く。予想というのは言い換えると、人間の予想や想像や認識の範囲で、という意味だ。

人間が未来を予想し想像し認識するその「未来」とは、所詮人間の能力内の未来にしか過ぎないと僕は思う。
日常の中には常に破れ目みたいなのが用意されていて、その破れ目が現れた時、我々はドキドキするものの、そこで一瞬時間の繋ぎ目が外れてしまう。

日常が破れた時、時間のつながりが外れ、そこに予期せぬ「未来」が生じる。
こうした事態が起こるからこそ僕は人生はおもしろいと思っている。それは、ドゥルーズの哲学(『差異と反復』等)を学んでいた頃から理屈としてはわかっていたのだが、特に3年半前の脳出血後、一度「死」を通過してから実感するようになった。

飛行機による遠方への移動というのは、日常の蝶番(ちょうつがい)をはずしてもらう絶好の機会でもあると僕は思っている。
旅先の空港に着陸し、そこで味わう「時間の外れ方」は、我々人間の防衛本能かもしれない「日常の連続性と予定調和な反復意識」を根本から揺さぶる。

■なぜ「こだま」に乗るか

が、便利で早くて安い(けどやっぱ安いのは歓迎ですね)スカイマークは、時間を外すことなく僕を石垣に連れて行った。
だから、予定と見通し通りに僕はその2〜3日を過ごすことになり、新しい発見はなかった(仕事上のおもしろさとは別の、哲学的発見です)。

今回のことで、なぜ僕が東京への移動に、いつも「ひかり」や場合によっては4時間以上かけて「こだま」を利用するのか、その意味も了解できた。
僕は、日常の、我々の意識が把握し安定しようとする時間のあり方を崩す機会をいつも狙っているんですね。

「こだま」に乗ってあちこちの駅でしょっちゅう待つことは、僕のもつ「時間の蝶番」を止まるたびに外してもらっているんだと気づいた次第。
だから、一昨年ハワイに初めて行った時、ハワイアン航空のトラブルで行きにいきなり関空に一泊したのだけどまったく腹も立たなかったのはそういうわけか、とも思ったのです。★












2014年2月21日金曜日

Facebookとブログには「サードプレイスとしての癒し」があるか

今は東京行きの(内閣府会議)新幹線の中。
MacBook Air11inch画面の、右Yahoo!ニュース個人、左Facebook。

■サードプレイスとワークライフバランス

この前、某男性向け総合雑誌から簡単な取材を受けた。
それは「サードプレイスとワークライフバランス」に関するもので、どうやらこのYahoo!ニュース個人のこの記事(新しいワークライフバランス)やこの記事(ブログはサードプレイス)を読んでいただいての依頼だったらしい。


僕としては、こうして波及効果が生まれるとは、ブロガー冥利に尽きるなあと思ったのだが、特に2本目の記事の主張点「ブログを書くこともサードプレイスになる」について、いまいち説明しきれなかったのが少し歯がゆかった。

ブログは基本的に1人で行なう行為だ。が、サードプレイスとは、1人で過ごす場ではない。
特定の「誰か」に会うことが目的ではなく、サードプレイスという「場」そのものに行くことが目的だということが、そのポイントなのだ。

「誰か」に会いにその場所に行く(あるいは帰る)のは、ファーストプレイス(家庭、この場合は「家族に会うために帰る」)やセカンドプレイス(職場、この場合は仕事相手に会うために行く)の特徴だ。

けれどもサードプレイスは、まずは「コミュニケーションの場」として機能する。
結果として誰かに会うかもしれないが(そして「誰か特定のあの人に会えるかもしれない」と期待しつつ行くことも確かであるが)、まずは「場」の存在が先行する。

たとえばこれまで僕にとってのサードプレイスだったもの〜大学時代の文芸部等〜は、明らかにそうだった。そこに行けば「誰か」(尊敬できる先輩や気の合う同級生)はいるかもしれない。けれども、先輩や同級生はバイト等でいないかもしれない。だが、とりあえずそこに行ってみる。
なぜなら、そこに行くと、まずは「安心できるコミュニケーション」があるから。安心してリラックスできる空間と人々がいるから。

■コミュニケーションの先行性

この場合の「人々」は特定の誰かではなく、いわば「他者」一般を指す。特定の誰かではないけれども、安心できる他者がいる場、サードプレイスとはそういうものであり、なにはともあれ、「コミュニケーション」の存在の先行が保証されている場だ。

ブログに戻ると、ブログとは基本的に1人で書くものだ。誰かとの共同作業ではない。しかし、ネット時代のブログという作業は、書いて終わりではなく、書いた後すぐにアップロードしてそれを読む人々にそのブログ記事を紹介することができるものだ。
言い換えると、読む(読んでいただける)人と、その記事を「シェア」できるものだ。

そういう意味では、現代のブログは1人で行なうだけのものではなく、瞬時のシェアもセットで含まれるものだから、ある意味「コミュニケーション」はブログという行為の中に含まれている。

■個人的返信の前にオープンなコミュニケーションの場がある

また、同じネット内の作業として、Facebook等のSNSを考えてみると、これはブログ以上に「コミュニケーション」が前提となっている。

短いコメントを書き、アップする。また、誰かのコメントに「いいね!」する。誰かのコメントを「シェア」する。誰かの紹介記事をシェアしていくなかでさらに自分なりのコメントを書く。

これら一連の行ないがすべて「コミュニケーション」を前提としている。特定の「誰か」に向けたコメントもあるが、それはメッセージ(メール)機能を使わない限りはオープンであり、誰かにコメントしながらもそれはすべての人が読むことができる。

僕は、メールやメーリングリストに慣れていたため、最初Facebookでのこうしたオープン性に警戒していた。が、慣れてくると、誰かへのコメントを装いつつも、Facebookでそのコメントを見る人すべてに「開かれている」このシステムが居心地よくなってきた。
誰かへの個人的返信でありながらも、そのクローズドな行為に「先行」するものとして、「Facebookというオープンなコミュニケーションの場」そのものがある。

「コミュニケーションの場」がまず先行し、誰かとの個人的交流はそのあとからついてくる。
そして、コミュニケーションの場は、そもそもオープンになっている。
これは、ブログ執筆後のアップロード〜シェアよりも、「コミュニケーションの先行性」が明確だ。そういう意味では、Facebookは明らかにサードプレイスだと言える。

■癒やしと傷つき

が、理由はまだ言語化できないものの、ブログはもちろんFacebookも、サードプレイスとしては効果が弱いように感じられる。
これは僕だけの感覚だろうか。そうであればたいした問題でもないのだが、やはり「リアルな場としてのサードプレイス」のほうが、ネットの中のサードプレイスよりも「リアル」だということが一般的なのだとすれば、それはなぜなんだろう。

僕は、そこにある種の「癒し」を加えて考えることがポイントとなるのでは、と思い始めた。
「コミュニケーションの先行性」としてサードプレイスはある。それは、リアル・サードプレイスもネット・サードプレイスも変わらない。が、リアル・サードプレイスには、ネット・サードプレイスに何かが加わっている。
それが、「癒し」要素ではないかということだ。

その「癒し」要素は、同時に「傷つき」可能性も秘めているようにも感じる。その「コミュニケーションの先行性」としてのリアル・サードプレイスは、時に癒しになるが、時に傷つき(トラウマ)にもなる。
もちろんFacebook(ネットでのコミュニケーション全般に拡大してもいい)でも傷つきはあるが、それはいつでも「撤退」できる。場そのものから逃走することができる。

けれども、リアル・サードプレイスで傷つきが生じた時、それはあとに残る。リアル空間で、お互いが気まずい思いをしながら再開することがありうる。
逆に、リアル・サードプレイスで「癒し」が生まれた時、それもあとに残る。こちらは、「またあの空間・あのコミュニケーション・あの人と出会いたい」という欲望を生む。

これは僕だけの感覚だろうか。もし、もう少し一般的に語れるものだとすれば、「簡単に回線を切れない」ということが、「コミュニケーション」を考えるときの重用な要素なのかもしれない。★




2014年2月12日水曜日

3年目以降のスタッフがマネジメントを求められる理由


■3年目から「マネジメント」が求められる

先週は某委託事業の企画書を気合入れて書いてたり、その反動からか企画提案書を提出したあとは2日連続して「Yahoo!ニュース個人」に投稿したりと、ついついこちらのGoogleブログをあとまわしにしてしまった。

が、最近やっとこのGoogleブログと「Yahoo!ニュース個人」の差異化ができるようになったのでそれほど焦ってはいない。
ややこしいのは、このGoogleブログも、一般向けする内容だとBLOGOSのほうにも転載されることがあるので(たとえば前回のブログも転載された)、ちょい「色気」みたいなのが出てしまうことだが、このGoogleブログはよりマニアックな内容をつきつめていくことにしよう。

前回、黒田官兵衛を語ることでNPOマネジメントにおける参謀論を考えてみたのだが、今回はそうした参謀の下の下、入社3年目以降のスタッフあたりが「なぜマネジメントをやらざるをえないのか」ということを考えてみたい。

そのために、前回の組織図を少し整理して(言葉も加えて)書いてみる。

事業組織図

事業統括マネージャー(全事業)
  |
□事業マネージャーA事業、B事業、C事業……)
  |
□ユニット統括マネージャー(a施設〈A事業内α館〉、b施設〈A事業内β館〉、c施設〈A事業内γ館〉……)
  |
□ユニットマネージャー(a〈b,c…〉施設内での、「居場所」、面談、セミナー、バックオフィス〈財務・総務・広報・企画等〉)

ex.A,B,C事業とは、具体的には「サポステ」「サテライト」「高校中退」事業等を指す。



■組織の4段階

一般的例も交えて少し解説すると、あるビジネス型NPO法人が「子ども若者事業」を手がけていたとする。一番上の「事業統括マネージャー」はその子ども若者事業すべてをマネジメントしている人を指す。
通常ここまで大きくなると、子ども若者事業以外にも、障害者福祉や寄付事業なども手がけているが、ここでは子ども若者事業だけに絞り込む。

子ども若者事業には、たとえば、不登校、就労、ひきこもり等の事業があるだろう。それは、不登校は○○事業(たとえば大阪市の委託事業では「サテライト事業」)として具体化しており、それらは、A事業、B事業、C事業……といった具体的事業名でまとめられていく。
この、各事業の責任者をこの図では「事業マネージャー」と呼ぶ。

さらにその各事業の下に、「ユニット統括マネージャー」がある。これが今回新たに加えたもので、この段階(とその下の各ユニット)を一般化すると、全体の組織図がより明確化するため加えてみた。
が、難しい意味はなく、たとえば、A事業(たとえばサテライト事業)がもついくつかの施設単位(たとえばサテライトであれば、「サテライト○○(施設の名前)」等)を指す。

さらに、その施設の中では、いくつかのユニットが存在する。そうしたユニットには、「居場所」「面談」「セミナー」「バックオフィス(事務・会計・広報等々)」があるだろう。
利用者のニーズに細かく寄り添っていこうとすると、こうした細かいユニットごとにチームを分け、それぞれ責任者を置くことが望ましい。この責任者をここでは「ユニット・マネージャー」とする。

このような4段階が明確化されている組織は、各段階のスタッフが入れ替わっても(辞めていっても)それほど混乱を招かない(通常のスキルアップは必要だが)。

よくあるのは、こうした組織化が不明瞭なため、仕事ができる人が何役も掛け持ちする「兼務」状態にさらされていることだ。
このような「兼務文化」が常態化している組織は、短期的にはスタッフのがんばりで乗り切れることができるが、長期的には疲弊化・縮小化していくだろう。

■「スタッフと飲んで語る」程度

入社3年が過ぎるようになると(NPOの場合、単年度契約社員も含む)、各ユニットの中で日々支援やバックオフィスの仕事をするだけでは通常は済まされなくなる。
なぜなら、契約社員(非常勤雇用ではあるが)も含めた常勤スタッフがそのユニットの「顔」となっていくようになり、そのユニットを代表する存在になるからだ。

そうすると、「自分は現場主義だから」や「事務専任だから」という個人的イデオロギーのようなものでこれまでの仕事の中にのみ逃げこむことはできなくなる。
そのため、多くは強制的にマネジメントを任されるようになる。

3〜5年目程度であれば図中下の「ユニット・マネージャー」レベルなのだが、このユニット・マネジメントにも、「組織」と「戦略の浸透」という2大マネジメントが求められる。

が、通常は「組織」といっても「スタッフと飲んで語る」程度、「戦略の浸透」といっても「代表の代弁」程度で終わるだろう。ユニット内の会計処理すら任せてもらっていない団体があるのかもしれない。

■「秘密」の共有化が必要

なぜなら、NPOマネジメント全体がまだ共有化されていないからだ。
一部NPOの中には企業以上のマネジメント力をもつ団体もあるだろうが、これは「秘密のベール」に包まれており、流行の断片的な事象(寄付やアドボカシー等)は時々表面化するものの、ソーシャルセクター全般のマネジメントを体系化し共有する「知」はまだないと思う。

ただ、マネジメントに対する軽視は何もNPOだけではなく、日本の企業風土全般にあるのかもしれない。
「現場の職人」は尊重されるが、それら各ユニットを統合して長期的に事業全体を推し進めていく「マネジメント」はいまだ文化として根付いていない。
これは「戦略」がいまだ文化になっていないのと同じで、日本の一大特徴だと思う。

はっきりいって、「現場で丁寧な仕事」が存在しつづけるためには、それらをどう配置するかを考える「経営のプロ」がいなければ、現場は現場だけで終わってしまう。
「経営のプロ」の存在感が認められるには、まだ相当の年月を要するだろう。★

2014年1月25日土曜日

「黒田官兵衛」はソーシャルセクターにこそ必要〜NPO参謀論①


なぜか、ダウンタウンまっちゃんはクロカン好きらしい。
youtubeでも話題になっている。



■「中国大返し」までは

NHKの大河ドラマ「黒田官兵衛」は、組織の「参謀」を描くドラマだと思うので、ちょっと期待して見始めた。
岡田准一のかっこよさばかりに見とれていて、まだ「参謀劇」は出現していないが、明智光秀討伐を秀吉に進言して「中国大返し」を成功させるところあたりまでは追っかけようかなと思っている。

この頃僕は、「高校生居場所カフェ」事業(大阪府立西成高校以外にも、箕面東高校・桃谷高校、その他「居場所カフェキャラバン」でお世話になる5校などhttps://www.facebook.com/pages/高校生居場所カフェプロジェクト/580149065383345)において、日々高校生たちと「サードプレイス」スタッフらしいトークを繰り広げているのだが、一方では行政機関やNPOなどのソーシャルセクターへの「コンサルティング」的仕事もしている。

そのなかで、ソーシャルセクターにおける組織のあり方を一般化しておくことが必要だと痛感するようになった。
特に、黒田官兵衛的「参謀」を組織のどこにおくか、ということが、通常の会社だけではなく、いや「社会貢献」という目に見えないものを中心にするソーシャルセクターだからこそ、決断役の「リーダー」を補佐する「参謀」役の必要性を感じる。

■ソーシャルセクターの組織

NPO等のソーシャルセクターは、基本的に「事業」から成り立っている。
が、その事業をさらに細かく見ていくと、数名の現場支援スタッフと1人のリーダーからなる「班」や「チーム」、その呼び方はなんでもいいが、数名のユニットが基本細胞として組織される。
この基本ユニットが、ソーシャルセクターの最小単位になる。

それら基本ユニットがいくつか集まったものが「事業」になる。
事業によっては、いくつものユニットで組織されるものもあるし、ひとつのユニットだけのものもある。

また、その基本ユニットは「事業」には入らず、「機能別組織」たとえば「財務」「総務」「人事」「広報」「企画」といった部署の名で呼ばれることもあるだろう。
どちらにしろ基本ユニットは2〜5名程度でおさまると思う。

ただし、機能別組織をつくらざるをえないほど大きくなっているソーシャルセクターのほうが今のところは少ない。
ほとんどのNPO等のソーシャルセクターは、数名の基本ユニット(これは「目の前の課題解決型・自主事業タイプ」と重なる)だけで完結するか、いくつかの基本ユニットを持ってはいても事業は2つ程度の規模だろう。

そして、機能別組織で行なう財務・人事・広報等は、代表を含む数名で「兼務」しているはずだ。
以上を簡単な図に書いてみる。

代表(法人マネージャー=法人の意思決定機関)─機能別組織(財務・人事・広報等)
   丨
 A事業(事業マネージャー=事業統括責任者)・B事業・C事業……
   丨
 a.ユニット(ユニットマネージャー=各現場責任者),bユニット……
   丨
 a'.現場スタッフ(2〜5名程度),b'.現場スタッフ……

■戦略もレベル別に

「戦略」に関していうと、法人マネージャーは法人戦略(事業の配置の決定)を担当し、機能別組織のたとえば財務マネージャーは法人全体の財務戦略(法人全体の数年単位の財務見通し・目標・資金調達戦略等〜この下に通常人々が財務と捉えている「会計事務」がぶら下がる)を担当し、事業マネージャーは担当事業の「現状把握・目標設定・競争戦略等」を担当する。

戦略の上位概念である「ビジョン・ミッション・行動指針」は、通常は、代表ほか数名の「法人マネジメント部」(この単位のメンバーを「部長」とするところもある)で決定していく。

さて、以上は単に教科書的に書いたもので、実際にこの通りに動いているソーシャルセクターは日本には30もないと思う(NPOは47,000ある)。
それら一部のソーシャルセクターはたとえば慶応SFCや立命館APU出身の人々で占められており、いわばソーシャルセクター理論を徹底的に学んだ組織でもある。

ポイントは4つある。それらは、
①こうしたソーシャルセクター組織論どおりには実践化されておらず、マネジメントは行き当たりばったりの組織が多いということ
②こうしたソーシャルセクターの理論が実践家達によってまだまだ「オープン」「共有化」されていないということ
③組織や財務等の「形態」からソーシャルセクターを捉える議論と、事業の中身とその組み合わせ・ミッションのラディカルさ等の「中身」からソーシャルセクターを捉える議論があるということ(前者が「ソーシャル・アントレプレナー型ベンチャータイプ、後者が「ソーシャル・アントレプレナー型社会変革タイプ」)
④そして、①〜③の議論の中に、まだ「参謀」役(セクション)が明確に位置づけられていないということ

■参謀は「考案者」、代表は「決定者」

ありゃ、黒田官兵衛に入る前のところで、結構文量を書いてしまった。
組織の「参謀」の位置づけは、たぶん通常の会社組織においてもきちんと行なわれていない。
それは、ホンダ創業者の参謀役や、伊藤忠商事の参謀等、数々の伝説として伝わるものの、それら「参謀」セクションが組織内でどういう必要性からどういう役割を果たしているのかはまだ明確化されていないのではないか。

僕が思うには、参謀とは、「その組織で行なう重要事項を考案する者」だ。それはいわば「考案者」だ。
逆に、代表・リーダーとは、それら考案したものを元に実際「何を行なうかを決定する者」、つまり「決定者」だ。

組織は、この二者が両立して初めて、二者以上の力が生まれると思う。ここが、僕が「フリーの単独者で動くこと」を選んでいない唯一の理由でもある。
代表と参謀が「考案→決定」していくと、1人で「考案・決定」するよりも、なぜか何倍もおもしろいムーブメントとなってそれは発動するのだ。

これに、二者を支える下部単位のマネージャー(事業マネージャー)がいれば、さらにムーブメントは大きくなる。
この「組織化の謎」を解いていく際、「参謀」を考えることがその解に直結すると僕は思う。このテーマは不定期で続けます。★