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バナナフィッシュとエズミに出会ったのは図書館だった

学期のはじめは、子どもたちの自殺数が増加するらしい。

そのニュースがこのところネット関連では報じられていて、たとえば下記のような記事がFacebookの僕のタイムラインで表示されていた。
学校が死ぬほどつらい子は図書館へ

学期のはじめに図書館に行ったからといって、子どもたちの状況はそれほど変わるはずないだろうと僕は思ったが、その後よ〜く自分の10代を思い出すと、そういえば僕の人生を変えたのは図書館だったことを思い出した。

それは高校2年のいつか、常に自殺を考え、線路とビルに近づくのは避けていた頃、なぜ高校の図書館を訪れたかは忘れてしまったが、ひたすら自分の抱えるテーマと似たような作品群を探して、いや、とにかく「自分にヒットする文字」を探して、図書館の通路を歩いていた。

時間は午後3時頃かなあ。
たまたま目の前にあったアメリカ文学の棚に『ライ麦畑でつかまえて』という本があり、その書名には惹かれたものの天邪鬼な僕はその本を無視し、隣にあった文庫本『ナイン・ストーリーズ』を手にとった。

そして、図書館のうすぼんやりした光に包まれながら、冒頭の1編「バナナフィッシュにうってつけの日」を読了したのだった。

主人公シーモア・グラスが最後に唐突にとる行為に遭遇して僕は、人の人生とはそんなものかなあと思うと同時に、「この人(シーモア)ほど自分は人生を見きっていないや」と思ったのだった。

いや、なにを思ったのかは正確には忘れた。
とにかく、その、図書館の数十分の後に、僕は「自殺」から遠くなり始めた。

学期のはじめに図書館が「効く」のかはさておき、文学は人を変える。
僕の場合は、野崎孝訳『ナイン・ストーリーズ』だった。同書所収「エズミに捧ぐ」も最高。★


平和は、国民的「自己治癒」の一技法

■ルサンチマンかトラウマか

このところ日本社会に深く根付く戦争に関する感情を考えていて、それは一種のトラウマではないかと前回書いてみたのだが(戦争は国民的トラウマ)、それから池田信夫氏がブログで「戦争は日本人にとってルサンチマン」と以下のように記述している(必要なのは戦争の「おわび」ではなく再発防止だ)のを読んで、トラウマかルサンチマンか、どちらの要素が強いのか考えている。



しかし敗戦のルサンチマンと戦後教育によって、平和憲法が(戦前の教育勅語と同じように)道徳律として人々に刷り込まれ、戦争を口にすること自体が罪だと思い込む風潮ができた。安保法案を「戦争法案」と名づけて負のイメージを与えようとする野党には、今もこのルサンチマンが残っている。
論旨は理解できる(池田氏は右というよりは欧米的現実主義なジャーナリストだと僕は解釈している)。 70年前の戦争が、それ以降ルサンチマンになったのかトラウマになったのか(ルサンチマンとは、仕方なく現状肯定するために背景の価値を逆転させること。イソップ童話にある、頭上のブドウまでジャンプしても届かない狐が、そのブドウについて「そもそもまずいものだった」と価値転倒させる例がよくあげられる)。
僕は、池田氏的「ルサンチマン→道徳律化」よりは、「トラウマ→セラピーとしての謝罪と永久9条」のほうがより説得力あると思う。
ポイントは、謝罪と永久9条といった理想的平和主義は「若者」が担当し(シールズ)、その具現化/顕在化を担う「大人」層は、戦争防止のスモールステップである個別的自衛権を言語化して明確に位置づけることだ(現実的平和主義)。
そのために、現在の日米安保を個別的自衛権の範囲内で明確に位置付けるという、めんどくさい作業も求められている。
■理想的平和主義は自己治癒の一技法


ところでこのリンク(「権力者と大人は信用しない」、ジャーナリスト田原総一朗の原点は70年前のあの日にある)は田原総一朗氏インタビューだが、「1945年の8月15日に社会の価値観が完全転換したこと」はルサンチマンというよりも、一つの「傷つき体験=トラウマ」だと捉えればとてもわかりやすいと思う。 このトラウマは世代を超えて引き継がれ、今に至る。
トラウマには、 ①セラピーを求めるトラウマと、 ②心の隅にそっと据え続けておくトラウマ の2種類があり、日本人にとっての戦争(価値観転換以外に、…

戦争は「国民的トラウマ」

■戦争=国民的トラウマ
理想的平和主義の根っこは、やはり日本の人々に深く刻まれたトラウマ(心的外傷)だと思う。
原爆に大空襲に特攻に虐殺に性暴力に南方諸島飢餓と、加害被害合わせてそれらはあまりに悲惨だった。 それらの「応答責任」としての語り継がれは、国民的トラウマを形成したのだと思う。それは「身体レベル」での問いだ。
これに対して、「理性レベル」でいくら集団的自衛権の合理性を説いても、それは身体レベルには届かない。 「戦争」は100年前にフロイトが語ったように、ここでもPTSDの一大原因となっている(他に、性暴力・児童虐待・自然災害がある)。それも、「国民的PTSD」の原因として。
集団的自衛権派が真剣であれば、まずはこの国民的PTSDを「治療」すべきだ。
この70年は、治療に代わる妥協点として、個別的自衛権(そして「 片務条約」あるいは日本が後方支援のみの日米安保条約)が静かに存在した。このままでは時代にそぐわないと真剣に集団的自衛権派が思うのであれば、まずは国民の過半数をセラピーする必要がある。
■『はだしのゲン』体験
そして、当事者責任や応答責任としての語り継ぎは、当事者が生存中は行なわれる。 この再生産は我々に刻み付けられた「国民的トラウマ」(それはトラウマではあるがポジティブ)を常にバージョンアップさせ、その結果として理想的平和主義が発動し続けている。
繰り返しになるが、これに、国際情勢を吟味した上での現実的で保守的な一つの防衛策(集団的自衛権に基づいた平和主義)を提示しても、トラウマレベルには届かない。
トラウマ=心的外傷とは、被爆者が75才になっても5才時のエピソードを生々しく語るように、リアルなフラッシュバックを伴うからだ。
被曝のような直接的フラッシュバックがなくとも、たとえば僕であれば、小学生の頃にリアルタイムで読んだ『はだしのゲン』体験がある。 あの被爆描写と、最終回のゲンの笑顔は一生忘れられない。戦争忌避の深いレベルでの刻みつけ(心的外傷レベルでの)は、各自このような体験として持つ。
保守派はここを押さえないと、永久に議論の平行線が続くだろう。
一方で、理想的平和主義派は、当事者がほぼ全員没する20年後以降の応答責任をどう作っていくか。
当事者の語りが消える20年後に、集団的自衛権は完全発動するという悲観的観測を僕は持っている。その対抗を僕(…

NPOは社会問題を発信しなければいけない

最近僕は忘れがちになっているのだが、日本のNPOはもっと発信しなければいけない。

あるいは、ファンディングやアワード的華やかな場所もいいが、業界自体の「黎明期」ぶりをもっと自覚しなければいけない。

まずは「代表(代表理事)」たちが発信しなければいけない。

自分たちの法人の拡大のみに心血を注ぐのではなく、日本のこれからの(少子高齢)50年を見据えた社会構造変動(人口減少)と社会構造システムの変革のされなさ(年金システム等)に対して、もっともっと提言していく必要がある。

それは「グローバル化」に対してそれぞれの意見を述べることにもなり(移民制度・オリンピック後の債務問題・高騰化する医療費・防衛費よりも生活保護費の重要性を政治は決断できるかどうか等)、それらの一つひとつが日本社会のこれからの構造をつくる一要素となるため、ソーシャルセクター=NPOは、あらたな日本のソーシャルに関してイメージを送り届ける必要がある。

我々は単に目の前で苦しむ人を支援する社会福祉法人ではなく、社会構造変革をお手伝いするソーシャルセクターなのだ。

そこを、どれだけの「代表」たちがわかってるのかなあ。

身も蓋もないが、上のような点をわかっている人は、ソーシャルセクターには入らず(つくらず)、もっと王道の国家公務員や「一流企業」などに所属していると僕は読んでいる。
ほんと、身も蓋もないが、いまのNPOにはそこそこの人材しか入っていない。

また、NPOが掲げるミッションや事業にしても、あまりにニッチであり、ニッチだとしてもそのニッチになる意味を代表たちは隠している(あるいは自覚していない)。

身も蓋もないが、ソーシャルセクターにこそ、国家公務員や「一流企業」に入る人々で構成するべきだと思うのだが、そんな人材は、今のところソーシャルセクターを見向きもしない。★