NPOはなぜ走る?〜「読書会で寄付」があってもいい

僕はいまだにわからないのだが、青少年支援NPO関係者はよくマラソンする。そのことがチャリティーや寄付につながり、大阪マラソンでも大々的な宣伝されている(第7回大阪マラソン チャリティ寄付先団体公募のお知らせ)。

こう大々的に宣伝されると、マラソンと寄付は何か歴史的文脈でもあるのだろうかと説得されそうになるのだが、僕の不勉強のせいかこの2つの要素になかなかつながりを見いだせない。

が、大阪マラソンの宣伝では、この「長距離を走ること」と「社会貢献すること」が自然に結びつくように語られ、読むほうもそんなものかなあと納得しそうになる。

が、これは別にマラソンの必要はない。
たとえば、ロックイベントでもいいし、秋の収穫祭でもいいし、日本各地であるお祭りでもいい。
とにかく、何か賑やかそうなことと、「社会貢献」は無理するとお互いの文脈をつなげることはできる。

あるいは、「読書会」みたいな文系のイベントでもいいし、何かのお芝居でもいいし映画の上映会でもいい。
人が集まり、何かを真面目に追求する時、そこに「ソーシャル」性が生じると思う。

むしろ「マラソン」は、そのストイックな面から真面目すぎて気持ち悪い。

もっと、たとえば漫才とかコントとかいったお笑いイベントの中にソーシャル性を含ませたほうが、ある種の皮肉も効いていて健全だと思う。

せめて、もう少し文系的イベントで寄付や社会貢献できないものか。

あ、じゃあ僕、何かの読書会で「ソーシャル」してみようかな。
たとえば、村上春樹の『1Q84』の一シーン(「教祖」が死ぬシーンとか)とか。
マラソンは、何か健全すぎて気持ち悪いのだ。★

11/26(土)15:00〜17:00、 「ソーシャルDJ②NPOはなぜ走る?」をFacebook公開ライブ動画でお送りします。詳しくは下記Facebookイベントページ参照。みなさま、どうぞよろしくお願いします。
https://www.facebook.com/events/1104953649570883/