2012年8月12日日曜日

「変な大人」は“複数”になる〜淡路プラッツ・スタッフサマー宿泊研修〜変な大人論⑦


■スタッフ研修!!

8月10日と11日、琵琶湖湖畔の落ち着いた雰囲気の研修施設/ホテルで、淡路プラッツ20年の歴史で初めての、スタッフ宿泊研修を行なった。
スタッフが宿泊するのは初代塾長の故・蓮井学さん時代以来プラッツのお家芸ではあるが、「スタッフ研修」に特化して泊まりこむのは初めてだ。

思い起こせば25年前のバブリーな時代、大卒新入社員として京都にある某出版社に入社した僕は、1ヶ月にわたる新人宿泊研修を受けたのであった。
そこでは、営業業務を中心に、社会人としての基本を徹底的に叩き込まれた。あの時はいやでいやでたまらなかったものの、結局そこで学んださまざまな「常識」は僕の社会人としての基礎になっている。

その出版社は出版不況に耐え切れず倒産してしまったけれども、またその時いた新入社員たちの半数以上は退社したけれども、退社組の中には、プロの作家になったり(結構な売れっ子ミステリー作家もいる)、大学教授になったり、出版社経営兼ライターになったり(さいろ社の松本君のこと……)、NPO代表になったり(僕のこと……)といろんな人達がいるから、まあおもしろい会社ではあった。

会議で「黙る」原因、①叱られた感 ②「違う」感 ③「正解」ではないから ④ぶつかりを避ける 
そんなわけで僕は、20代前半に会社で徹底的に研修を受けるということは、それ以降のその人の人生を決定するほど重要なことだという確信をなぜか抱いている。
だからプラッツでも、きちんとした社会人研修をずっと前から開いてみたかった。今年になってやっとそれが実践できる余裕が生まれてきたと判断したので、小規模ではあるが若手社員中心の研修を行なったというわけだ。

■「沈黙」の原因と問い

10日の日中、滋賀県にある発達障害専門自立支援施設である話題の「ジョブカレ」で講演したあとに集合したせいか若干僕は疲れていたが、参加者のモチベーションが高かったせいか初日から白熱したトークとなった。

今回の研修のテーマは「プラッツスタッフとして“発信力”“提案力”を磨く」。
僕が発信得意なため日頃から誤解を受けがちだが、淡路プラッツスタッフのほとんどは(というか僕以外の全員は)、どちらかというとマジメで奥ゆかしく発言も慎重だ。
が、それなりの「事業型NPO」となり、僕も慢性疾患(高血圧ほか)を抱えてしまった今、病がある程度癒えこれから再び僕に集中するであろう広報/発信仕事を、スタッフが幅広く行なえるようにならなければいけない。

それに加え、上に書いた「若手NPOスタッフとして重要な体験を積む」という意味でも、自分が属する組織について語れるようになることは重要だ。

「スーパー大学非常勤講師(倫理学ほか)」として関西では有名な菊地建至先生にも参加していただいて、初日は、「会議で『沈黙する』理由」と「発信力に関する問い」を議論し、洗いだした。
それをホワイトボードに書き出してみる。


「沈黙」や「表現」に関する問い5つ+1

■コミュニティボール

2日目午前中は、若手スタッフのレポートの発表、菊地先生によるビデオほかを用いたレクチャー。お昼を挟んだあと、僕の恩師である、大阪大学大学院・臨床哲学准教授の本間直樹先生の進行のもと、「コミュニティーボール」づくりとそれを用いたワークを行なった。

コミュニティボールについては、カフェフィロのこんなページセミナー「子どもとする哲学対話」報告コミュニティボールとはをご参照を。

右から二人目、T事業責任者が持っているのがコミュニティボール(その場の手作り、毛糸製)
コミュニティボールを渡すT事業責任者。僕は奥のほうで寝ているわけではなくて、記録をとってます。
発言権が可視化されるコミュニティボールは、奥ゆかしい日本人とっては、子どもから大人までの「表現」に関するすべてのワーク/セミナーに使える超便利アイテムだ。
ボールをもった間はしっかり発言権が集中するため、議論はぶれることなく流れていく。そこでは、各々が自らの発信力向上を意識しながらも、プラッツ自体の発信力強化についての建設的な話し合いが積み上げられたのであった。

夕方の17時過ぎまで研修は続き、盆休み直前の道路事情のため、僕が家に帰ったのは22時を過ぎていた。
病弱な僕にとってはなかなかハードな2日間だったけれども、この10年を振り返っても、とても充実した2日間になった。菊地先生、本間先生、本当にありがとうございます。

僕としては、恩師・本間先生による、「田中さんも『複数』のあり方を目指してください」という言葉が大きく残った研修になった。
「複数」に関しては、前夜からの菊地先生のお話の中でも中心的にとりあげられていた(プラス、菊地先生は「カジュアルに語ること」も強調されていた)。
それらの言葉の背後に、ドゥルーズの言葉(『ミル・プラトー』1行目「2人がそれぞれ複数だったから、それだけでもう多数になっていたわけだ」)も重ねながら、僕は聞いていたのだった。

そういえば、ここ5〜6年は、プラッツの事業安定のみに集中し、「複数の自分」どころではなかったなあ。おかげさまで売上規模は10年前の10倍になったけれども、働き過ぎで僕は死ぬ寸前のところまでいった。

ここらで久しぶりに恩師の言葉を実践してみよう。その実践は、僕の「変な大人」度をより磨いていくことだろう。★

■「変な大人」論
1.「変な大人」が子どもを癒す
2.「自由」は癒しツールだが自立ツールではない
3.不登校版スモールステップスケール
4.「動くこと」の意味
5.the time is out of joint
6.規律(学校)と監視(Facebook・Twitter)